第85章 彼は尋ねなかったが、彼女の言葉を信じた

家に着いたころには、もう九時半近かった。

彼女は二階へ上がってシャワーを浴び、浴室から出ると、庄司優斗が温めた牛乳を手に、寝室の入口に立っていた。けれど、敷居をまたぐことはしない。

次の間へ追いやったあの日から、彼は妙に律儀だった。部屋に物を取りに来るときも必ず先に声をかけ、彼女が許してからでないと入ってこない。

竹内葵は近づいて牛乳を受け取る。

「ありがとう。お疲れさま、もう休んで」

そう言うなり、扉を閉めた。

ぴたり、と閉ざされた扉を見つめながら、庄司優斗は可哀想な俺を演じる言葉を喉の奥に詰まらせた。吐き出せない。飲み込めない。

竹内葵と一緒に過ごしてきた長い年月の中で、彼...

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