第92章 キス

茜音POV

彼は手を放すと、デスクを回り込んで私の横へ来た。長身の影がすとんと落ち、私を丸ごと覆い隠す。

「俺が療養中なの、知ってるよな?」

低く笑う声には、自嘲と拗ねた甘さが混じっていた。

「電話切った途端、仕事に夢中でさ。余計な心配の一言もなし。俺が来なかったら、日が暮れるまで俺の存在なんて思い出さないだろ」

言葉に詰まる。確かに、仕事に入ると周りが見えなくなる。でも、それは気にしていないって意味じゃない。

「私は、ただ……」

言い訳を探した瞬間、藤堂律の動きがそれを断ち切った。

彼がふいに身を屈め、両腕を椅子の肘掛けに突いて、私を椅子の背と自分の身体の間に閉じ込める。続...

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