第96章 名残惜しさ

茜音POV

彼の親指が、キスで赤く腫れて濡れた私の唇を、ゆっくりとなぞる。

その瞳の奥に沈む欲は、暗い海みたいに底が見えない。

「金木犀の香りみたいな味がする」

掠れた声。満足げな笑みが、ほんの少しだけ滲んだ。

「甘い」

私は大きく息を吸って吐いた。心臓が勝手に暴れて、リズムなんてとっくに崩れている。

水気を帯びた目で見上げて、得したくせに涼しい顔をしている男を、羞恥と苛立ちの混ざった視線で睨む。

胸元を、軽く――でも確かに叩く。

「不真面目!」

彼が一瞬だけ気を抜いた隙に、私はようやく腕の中から抜け出した。立ち上がって乱れた服を整え、踵を返す。

「もう遅いし、帰る」

...

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