第53章 一杯の水

給仕の手にしていたシャンパングラスが一斉に傾き、酒がざばりとリオンの全身へぶちまけられた。

ソファにいたエラは遠目にそれを捉えると、反射的に背筋を伸ばして身を起こし、心配そうに視線を送る。

リオンは胸元の惨状を一瞥し、眉間をわずかに寄せた。

給仕は顔面蒼白になり、声を裏返しながら何度も頭を下げる。

「も、申し訳ございません! 申し訳ございません! わ、わざとでは……! すぐお手入れの手配を——」

リオンは二秒ほど黙ってから、ひらりと手を振った。

「案内しろ」

給仕は「はい、はい……!」と腰を折るように頷き、慌てて先に立つ。

人の波を抜ける途中、リオンは一度だけ振り返り、群衆越...

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