第172章 俺のそばに戻れ

桐生冬紀は裏庭からホテルのロビーへ早足で戻った。心が少し揺れていて、呼吸のリズムも落ち着かない。――そのとき、熱を帯びたピアノの音が耳を刺した。

反射的に顔を向けると、ロビーに置かれたグランドピアノが誰かに弾かれている。感情の芯をぐいと掴んで引き上げる旋律が、指先から一気にあふれ出していた。周りには足を止める客が輪を作り、スマホを構えて撮っている者もいる。

桐生冬紀も、その輪に近づいた。

弾かれているのは『インセプション』の『タイム』、ちょうど盛り上がりの部分。彼女はこの曲がわりと好きだった。

中学の頃、一度だけ高校部にいる榎本時哉を探しに行ったことがある。音楽室の前を通りがかった瞬...

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