桐生秘書、本日をもって愛想を尽かします

桐生秘書、本日をもって愛想を尽かします

汐音 · 連載中 · 543.0k 文字

331
トレンド
1.9k
閲覧数
33
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

桐生冬紀が御堂怜央を愛していた頃、彼女は自分のすべてを彼に捧げていた。

けれど、冷酷な社長である怜央にとって、冬紀はいつでも自分のもとへ戻ってくる、都合のいい女にすぎなかった。

だから、冬紀は決めた。

もう二度と、彼を愛さないと。

自分に依存し、いつまでも愛を乞う彼女を望んでいた延舟。だが、冬紀が彼への執着を手放したとき、彼女はようやく本当の笑顔を取り戻していく。

その笑顔が自分以外の男に向けられていると気づいたときには、もう遅かった。

冬紀の結婚式当日。

幸せそうな笑顔を浮かべ、別の男のもとへ嫁ごうとする彼女の前に、怜央が現れた。

嫉妬と後悔に狂ったかつての権力者は、彼女の足元にひざまずき、震える手で靴を履かせながら、必死にすがりつく。

「頼む……あいつのところへ行かないでくれ。俺のもとへ戻ってきてくれ……! 最初に愛したのは、俺だっただろう?」

かつて、どれほど彼を愛しても振り向いてもらえなかった冬紀。

今度は彼が、どれほど願っても彼女に振り向いてもらえない番だった。

チャプター 1

手術を終え、手術室から運び出されるその瞬間まで、桐生冬紀は――「予期せぬ妊娠」と「予期せぬ流産」という急転直下から、まだ抜け出せずにいた。

看護師に病室へ押されながら、入院手続きの確認をされる。

「1703床、桐生冬紀さん。ご家族は?」

桐生冬紀は真っ白な天井を見つめたまま、焦点の合わない目で、声を聞き逃した。

「桐生冬紀さん、ご家族はどちらに?」

点滴ボトルを調整していた別の看護師が、慌てて振り向く。

「私が書きます。救急車で来たとき、身分証とカードを預かってます。『そのまま入院で、そのまま引き落として』って……ご家族は――」

桐生冬紀の唇がわずかに動き、看護師の言葉を継いだ。

「……いません。家族は」

消毒液の匂いが鼻腔に刺さる。彼女はゆっくり身体を丸めた。子どもを失ったという事実が、時間差で骨の奥まで染み込んでくる。息を吸い、吐いた瞬間、予告もなく涙が溢れた。

――もう、いない。

手術は身体に堪える。桐生冬紀は病院で、たったひとり三日間横になった。

四日目。ようやく御堂怜央から電話が入る。

「桐生秘書。何日も無断欠勤して、遊びは満喫したか? 満足したなら『西宮』に来い」

受話器の向こうは、酒を勧める声でざわついていた。ぼんやりと、幼い女の声も混じる。桐生冬紀は唇を動かし、病院にいると言いかけて――

「桐生秘書?」

御堂怜央が同じ呼び名を繰り返した。怒っている。

桐生冬紀は飲み込んだ。退院手続きすら間に合わないまま、慌ただしくタクシーを拾って会員制クラブの西宮へ向かった。化粧も車内で最低限だけ。

降車すると、口紅を塗りながら中へ入る。受付のスタッフに尋ねた。

「青雲の御堂社長は、どの個室?」

スタッフは顔を上げた瞬間、息を呑んだ。三秒固まってから、慌てて答える。

「001です。ご案内します」

桐生冬紀は小さく頷き、001の前へ。礼儀として二度ノックし、そのまま扉を押し開けた。

途端に、濃厚な酒の匂いがぶわっと襲い、胃がきりきりと反射的にえずく。

誰がいるのか目を凝らす前に、男の冷たく怠い声が落ちた。

「桐生秘書が来た。彼女に飲ませろ。社会に出たばかりの子を困らせるな」

客がどっと笑う。

「桐生秘書、ほんと従順だな。呼べば来る。ほら見ろよ、御堂社長は新しい子が可愛くて仕方ないんだ。俺らに潰されるのが嫌で、おまえを出してきた」

桐生冬紀は一周見回して状況を把握し、視線を御堂怜央の左隣へ落とした。

見知らぬ女の子。だが、向こうは桐生冬紀を知っているらしい。

「冬紀さん……ごめんなさい、私……」

言い終える前に、御堂怜央が遮った。

「謝る必要はない。彼女が無断欠勤しなければ、今日の席は本来、彼女が来るべきだった」

誰の耳にも分かる。庇い方が露骨だ。

――御堂怜央が、誰かを庇う?

桐生冬紀はその子を、もう一度だけ見た。

二十三くらい。ポニーテール。きちんとしたワンピース。欲望の匂いが漂うこの場所で、迷い込んだ白兎みたいに頼りなく、妙に庇護欲を煽る。

桐生冬紀は唇を軽く噛み、笑顔を貼りつけて歩み寄った。

「工藤社長、また飲んでるんですか」

青雲グループの専属秘書として、桐生冬紀は場を回すのが上手い。三言二言で空気をひっくり返し、結局赤ワインを数杯は飲んだものの、最初の「潰れるまで帰さない」勢いはかなり和らいだ。

ただし――御堂怜央は最初から最後まで、彼女を庇う言葉を一つも口にしなかった。

騒がしい笑い声の合間、桐生冬紀の耳が拾ったのは、男の磁力を帯びた低い声。女の子にだけ、ひどく優しい。

「眠い? あとで先に送ってやる」

そんな声を、桐生冬紀は三年付き従って、一度も聞いたことがなかった。

最新チャプター

おすすめ 😍

家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った

家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った

1.1m 閲覧数 · 完結 · 風見リン
前の人生で両親が交通事故で亡くなった後、長兄は世間体を気にして、事故を起こした運転手の娘を家に引き取った。
公平を期すという名目のもと、兄たちは彼女からリソースを根こそぎ奪い、その尊厳を踏みにじってまで、運転手の娘を支えた。
彼女は兄たちのためにすべてを捧げたというのに、家を追い出され、無残に死んだ。

生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。

兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。

長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。

兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」

彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」
私が去った日

私が去った日

13k 閲覧数 · 連載中 · バラへの愛
七年間、私は完璧な妻を演じ続けてきた。

けれど最後に彼が選んだのは、私ではなく、彼の初恋の女性だった。

夫は、私の心を深く傷つけただけではない。あの女が私の大切なジュエリーデザインを盗むことを許し、さらには実の息子までも操って、私を「怪物」だと思わせた。

嘘で塗り固められた結婚生活の中で、私は少しずつ自分を失っていった。

息が詰まるような日々。愛されていると思い込んでいた時間。すべてが偽りだった。

けれど、彼らはひとつだけ間違えた。

私を、もう戻れないところまで追い詰めたこと。

私が去ると決めたあの日。

私は、最低な夫も、母親への感謝を忘れた息子も、そして彼らによって壊された過去の自分も、すべて置き去りにした。

親友の支え。そして、私の本当の価値を見抜き、才能を認めてくれたある若き実業家との出会い。

その温かな手によって、私はもう一度、自分自身を取り戻した。

失った誇りを取り戻し、眠っていた才能を開花させ、世界へ羽ばたくデザイナーとして新たな人生を歩み始めた。

今、私の作品は世界の舞台で輝いている。

一方で、かつて私を捨てた男は、跪いて許しを乞う。

「戻ってきてくれ」と。

けれど、もう遅い。

私が去ったあの日こそが、私が本当の自分を取り戻した日。

もう二度と、過去には戻らない。
天才デザイナーの私と三つ子を、大富豪は取り戻したい

天才デザイナーの私と三つ子を、大富豪は取り戻したい

62.6k 閲覧数 · 連載中 · 月岛澪
実の父親と継妹にハメられ、私は瀧本知暁と一夜の過ちを強制された。
屈辱に塗れ、身一つで夜逃げするように国を去った私は、その後に彼の「三つ子」を身ごもっていることに気づく。

――6年後。
私は世界に名を馳せる天才デザイナーとなり、奪われたすべてを取り戻すために帰国した。
しかし、悪辣な嘘に目を曇らされた知暁は、私を激しく憎み、「仇敵」として冷酷に立ちはだかる。

やがてすべての真実が白日の下に晒された時、彼は己の過ちに絶望し、プライドを捨てて泣きながら私に許しを乞うた。
だが、傷つけられた私の心はもう戻らない。私は彼の懇願を、冷徹に突き放した。

――もう遅いわ。あなたを一生、許すつもりはない。

そう誓ったはずの私だったが、予想だにしない誤算があった。
私たちが産んだ愛らしい三つ子たちが、今さら戻りたいと泣く父親の、まさかの最強の味方として動き出したのだから。
社長秘書のヒミツ恋情

社長秘書のヒミツ恋情

17.3k 閲覧数 · 連載中 · 元知り
一夜の過ちから、彼女は社長の秘密の恋人になった。
借金を返すため、彼と交わしたのは一通の契約書。
「体だけの関係。恋愛感情は一切なし」——そう決めたはずだったが…
竜王の花嫁

竜王の花嫁

5.4k 閲覧数 · 完結 · AT_Imagination
竜王の花嫁になるって、いったいどういう意味なのだろう?


偉大なるイグナス王国を形づくる七つの村では、毎年欠かさず「選定の儀」が執り行われていた。その儀で村の娘のひとりが選ばれ、恐るべき竜王の花嫁となるのだ。

なぜそんな儀を年ごとに続けるのか、誰にもわからない。これまで選ばれていった花嫁たちが、その後どうなったのかも――。

奴隷にされているのか?

竜の餌にされているのか?

それとも……竜王自身が、彼女たちを喰らっているのか?

それだって否定はできない。王は自分たちとは違う、人ではないのだという噂があるのだから。

それでも、その疑問は執念深く人々の胸を苛んだ。

いったい、花嫁を何に使っているのか――!?

だが、誰も王に問いただそうとはしなかった。逆らうなどという無謀が、どんな運命を呼び込むかが怖かったのだ。

もっとも、そんなことはベラドンナの知ったことではない。今年は彼女の村が花嫁を差し出す番だったが、自分が選ばれるはずがないと彼女は確信していた。

なぜかって?

もちろん、計画があるからだ。そして彼女は、その計画が自分を裏切るはずがないと信じ切っていた……いや、本当にそうだろうか。
再婚後、クズ元夫が私に土下座した

再婚後、クズ元夫が私に土下座した

50.4k 閲覧数 · 連載中 · ニワハナ
長きにわたって、彼女は半身不随となった夫を献身的に看病し、時に自らの身を危険に晒して治験薬の投与にも協力した。自らの健康を蝕まれながら、夫を死の淵から引き戻したのだ。

しかし、夫がついに自力で立ち上がれるほど回復したその日、彼は初恋の女性を腕に抱き、こう言い放った。
「これからの人生、俺は彼女と、彼女のお腹の子を守っていく」

打ちのめされた彼女が離婚を切り出すと、夫は冷徹に彼女の口座をすべて凍結し、無一文のまま家から追い出し、嘲笑うように吐き捨てた。
「俺がいなければ、お前には何の価値もない」

彼女が妊娠検査薬をそっと隠し持ち、すべてに別れを告げて永遠に立ち去るまで、夫が慌てふためくことはなかった——。
妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった

妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった

606.4k 閲覧数 · 連載中 · 蛙坂下道
鈴木七海は、中村健に好きな人がいることをずっと知っていた。それでも、彼との結婚を選んだ。
しかし、結婚して5年後、彼は離婚を切り出した。その時初めて、彼の想い人が私の父の隠し子(私の異母兄弟)だと知った。
離婚を決意した七海だったが、その時にまさかの妊娠が判明した。
離婚後、奥さんのマスクが外れた

離婚後、奥さんのマスクが外れた

346.7k 閲覧数 · 連載中 · 来世こそは猫
結婚して2年後、佐藤悟は突然離婚を申し立てた。
彼は言った。「彼女が戻ってきた。離婚しよう。君が欲しいものは何でもあげる。」
結婚して2年後、彼女はもはや彼が自分を愛していない現実を無視できなくなり、過去の関係が感情的な苦痛を引き起こすと、現在の関係に影響を与えることが明らかになった。

山本希は口論を避け、このカップルを祝福することを選び、自分の条件を提示した。
「あなたの最も高価な限定版スポーツカーが欲しい。」
「いいよ。」
「郊外の別荘も。」
「わかった。」
「結婚してからの2年間に得た数十億ドルを分け合うこと。」
「?」
私が囲っている億万長者

私が囲っている億万長者

20.3k 閲覧数 · 連載中 · ほしの ちなつ
私はただ、心の痛みを紛らわせたかっただけ。

彼は息を呑むほど美しく、落ちぶれていた。夫の裏切りがもたらした傷が完全に癒えるまで、彼をそばに置いておくつもりだった。

お金で彼の付き添いを買い、すべてのルールを私が決め、すべてを完全に掌握しているつもりだった。

けれど、私の隣で横たわるこの男の正体は、彼が語ったものとはまるで違っていた。

魅惑的な笑顔と抗いがたい容姿の下に隠されていたのは、仇敵から身を隠す億万長者の素顔だった。

今や彼は、私の生活に、私のベッドに、そして私の心に――完全に絡みついている。

身を引くことは、彼のそばにいることよりも、もっと危険かもしれない。
追放された偽令嬢、実は超財閥の真の令嬢

追放された偽令嬢、実は超財閥の真の令嬢

277.7k 閲覧数 · 完結 · あざ鳥
「お前みたいな偽物の令嬢、さっさと山奥に帰れ!」

孤児だと判明した途端、彼女は養父母から冷酷に家を追い出され、婚約者も本物の令嬢へと乗り換えた。
彼らは、彼女がこれからド田舎で悲惨な生活を送るのだとあざ笑っていた。

しかし、彼女を迎えに来た実の家族は、なんと世界を牛耳る超巨大財閥の一族だった!
さらに、彼女自身もただの小娘ではない。その正体は、世界の医学界が平伏す伝説の天才医師だったのだ。

実家に戻るや否や、彼女は神業のようなメス捌きで次々と難病患者を救い、医療界の権威たちを圧倒していく。その圧倒的な実力に、誰もが恐れる冷酷なトップ御曹司でさえも彼女に惹かれ、無限額のブラックカードを差し出す始末。

一方、彼女を追い出した養父母の家業は倒産寸前に陥り、元婚約者も彼女の本当の姿を知って絶望の淵に立たされていた。
彼らが泣きついて許しを乞うても、彼女は冷たく言い放つ。

「今さら後悔しても、もう遅いわ」
不倫夫を捨てた夜、私は新しい彼に抱かれる

不倫夫を捨てた夜、私は新しい彼に抱かれる

5m 閲覧数 · 完結 · 七海
初恋から結婚まで、片時も離れなかった私たち。
しかし結婚7年目、夫は秘書との不倫に溺れた。

私の誕生日に愛人と旅行に行き、結婚記念日にはあろうことか、私たちの寝室で彼女を抱いた夫。
心が壊れた私は、彼を騙して離婚届にサインをさせた。

「どうせ俺から離れられないだろう」
そう高をくくっていた夫の顔に、受理された離婚届を叩きつける。

「今この瞬間から、私の人生から消え失せて!」

初めて焦燥に駆られ、すがりついてくる夫。
その夜、鳴り止まない私のスマホに出たのは、新しい恋人の彼だった。

「知らないのか?」
受話器の向こうで、彼は低く笑った。
「良き元カレというのは、死人のように静かなものだよ?」

「彼女を出せ!」と激昂する元夫に、彼は冷たく言い放つ。

「それは無理だね」
私の寝顔に優しくキスを落としながら、彼は勝ち誇ったように告げた。
「彼女はクタクタになって、さっき眠ってしまったから」
令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む

令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む

888.1k 閲覧数 · 完結 · 蜜柑
天才陰陽師だった御影星奈は、かつて恋愛脳のどん底に落ち、愛する男のために七年もの間、辱めに耐え続けてきた。しかしついに、ある日はっと我に返る。
「瀬央千弥、離婚して」
周りの連中はこぞって彼女を嘲笑った。あの瀬央様がいなくなったら、御影星奈は惨めな人生を送るに決まっていると。
ところが実際は――
財閥の名家がこぞって彼女を賓客として招き入れ、トップ俳優や女優が熱狂的なファンに。さらに四人の、並々ならぬ経歴を持つ兄弟子たちまで現れて……。
実家の御影家は後悔し、養女を追い出してまで彼女を迎え入れようとする。
そして元夫も、悔恨の表情で彼女を見つめ、「許してくれ」と懇願してきた。
御影星奈は少し眉を上げ、冷笑いを浮かべて言った。
「今の私に、あなたたちが手が届くと思う?」
――もう、私とあなたたちは釣り合わないのよ!