第1章
綾辻穂弥視点
このままじゃ死ぬっ!
爆弾のカウントダウンが、00:00:30 を示していた。
炎が私の顔をオレンジ色に照らし、立ち込める煙に息もできない。椅子に固く縛りつけられたまま、秒を刻むタイマーを眺める。心臓が肋骨を突き破らんばかりに激しく鼓動していた。
「神崎空!来ちゃだめ!あなたまで死んじゃう!」
私はありったけの声で叫んだ。
けれど、彼は業火の中へ突進してきた。
その長身が濃い煙を切り裂く。顔には煤がつき、スーツはところどころ裂けている。それでも、あの深い瞳は変わらず、強い意志を宿していた。彼は私の元へ駆け寄り、必死にロープを解こうとする。
「あと十五秒――もう時間がない!」
私は泣きじゃくった。
「お願いだから、逃げて!早く!」
神崎空の手が一瞬止まり、そして、彼は私をその腕の中に引き寄せた。
「穂弥、君と一緒にいる」
彼の声が、私の耳元で低く、優しく響いた。
その瞬間、私の心は粉々に砕け散った。
結婚して十年、彼が私を愛していないとずっと思い込んでいた。彼が欲しかったのは綾辻家の技術だけで、私と結婚したのは純粋にビジネス上の提携のためだと。
なのに、人生最後の十秒で、彼は私を抱きしめ、共に死ぬことを選んだ。
00:00:05。
00:00:04。
00:00:03。
「空、愛してる……!」
爆発音が轟く中、十年もの間、怖くて認められなかった真実を私は叫んだ。
ドォォォンッ!
そして、全てが暗転した。
ー
「はあっ……!」
息を吸い込もうと喘ぎながら、私は勢いよく身を起こした。まるでまだあの炎が肺を焼いているかのように、胸が激しく上下する。
ここはM市の瓦礫の中じゃない。
部屋は薔薇の香りに満ち、床まで届く大きな窓から差し込む月光が、シルクのシーツを照らしている。視線を下ろすと、私は純白のレースのウェディングドレスを着ていて、そのスカートがベッドの上に咲き誇る花のように広がっていた。
鏡に映る女は、信じられないほど若かった。目尻の皺も、疲れ切った表情もない。これは十年前の私――二十二歳の、綾辻穂弥。
私は、死に戻った。
二〇一五年、神崎空との結婚式の夜に、戻ってきた。
「穂弥、大丈夫か?悲鳴が聞こえたが」
ドアの外から、心配と、慎重なためらいが入り混じった神崎空の声がした。
途端に、涙が頬を伝った。
その声――私が数えきれないほど冷たくあしらってきた声。ほんの数分前の爆発の中で、私の耳元で「穂弥、君と一緒にいる」と囁いた、この声。
「わ、私は……大丈夫よ、空」
私は震える声で、かすれながら答えた。
ドアの向こうは沈黙している。
彼がまだそこに立っているのがわかった。十年前のあの夜とまったく同じように、私の返事を待って、部屋に入るための口実を待っている。
前の人生のあの夜、私は彼にこう言ったのだ。
「私に触らないで。これはただのビジネス上の契約よ」と。
彼の声に含まれた失望を聞き取っていた。
「わかった。客室で寝るよ」
その瞬間から、私たちの結婚生活は、決して交わることのない二本の平行線のようになった。
彼は気にしていないのだと思っていた。別々に寝ることに安堵しているのだと。今日まで――あの炎の中で私を抱きしめ、あの言葉を口にするまで――自分がどれほど間違っていたかに気づかなかった。
なんて馬鹿だったんだろう、私は。
十年もの間、彼もまた待っていたのかもしれないなんて、考えもしなかった。これがただのビジネス以上のものだという合図を、私がくれるのを。
今度こそ、私たちの幸せのために戦う。
私は裸足でドアに向かい、ドアノブに手をかけた。
「神崎空」
私はそっと呼びかけた。
「うん?」
「ここにいて」
私は深く息を吸い、ドアを開けた。
「私たちは、結婚したのよ」
神崎空は廊下に立っていた。白いシャツ姿で、ネクタイは緩められ、袖は肘までまくり上げられている。爆発の前より十年若返った彼は、後年に見られたような疲労の色が瞳から消えていた。
けれど、その瞳は変わらず、海のように深い。
彼は呆然と私を見つめ、自分の聞いたことが信じられないという顔をしていた。
「本当に、いいのか?」
まるで何か壊れやすいものに触れるのを恐れるかのように、彼は囁くような声で尋ねた。
「君に無理強いはしたくない」
私は涙ながらに微笑んだ。
「空、あなたが私に何かを無理強いすることなんて、絶対にないわ」
私は彼の手を取った。
「これが、私の望みなの」
彼の手は温かく、手のひらには硬いタコがあった。テニスでできたものだと、いつか彼が教えてくれたのを思い出す――私にも教えたいと言ってくれた。前の人生では、時間がないと断ってしまった。
でも今は、世界中の時間がある。
今度こそ、ちゃんと彼を愛するための十年が、まるごと手に入ったのだ。
ー
その夜、私はほとんど一睡もできなかった。
神崎空は隣に横たわっていたが、私たちの間には見えない深い溝のように、別々の毛布が隔てていた。彼の呼吸は浅い――彼も眠っていないのだとわかった。
結婚して十年、私たちは一度も本当の意味でベッドを共にしたことはなかった。
私は横向きになり、彼の横顔を見つめた。月明かりが、彼の鼻筋のシャープなラインをなぞっている。前の人生の私はなんて愚かだったんだろう。こんなにも美しい人だということに、気づきもしなかった。
今はわかる。けれど、彼はもう私を信用していない。
翌朝、神崎空は早くに起きた。私は眠っているふりをしながら、まつ毛の隙間から彼が身支度をするのを見ていた。彼は私を起こさないよう、静かに動いていた。
「会社に行ってくる」
彼はドアの前で立ち止まり、かろうじて聞こえるほどの声で言った。
返事をしたかったが、何と言えばいいのかわからなかった。ドアが閉まる音を聞いてから、ようやく私は目を開けた。
何か、行動しなくちゃ。
