第130章

その日の午後。病院のエレベーターを降りた紬は、アシスタントに仕事の指示を出そうと携帯を取り出した。その背後から、不意に聞き慣れた声が降ってきた。

「紬」

紬はわずかに肩を揺らし、振り返った。こちらへ歩いてくるのは峥だ。小脇に書類を抱えているところを見ると、どうやら病院へは仕事の打ち合わせで来たらしい。

久しぶりに会う峥は、以前とさほど変わらないように見えた。ただ、よく見ればその目元には薄い疲労の色が滲んでいる。

「峥」

紬は昔と同じように名を呼んだが、そこには礼儀正しい距離感が引かれていた。どこか淡白で、よそよそしい。

それを見て、峥は一瞬だけ足を止めたが、すぐに何事もなかったか...

ログインして続きを読む