第3章

 私はパニックになったふりをした。

「離して! あんた、私のこと好きだって言ったじゃない!」

「お前は俺のところへ行くんだ、可愛い子ちゃん」ジュリアンが指を鳴らした。

 マークと呼ばれていた手下が、私の足首をつかんで引きずり寄せる。首にはびっしりと刺青が入っていた。

「お願い! 私から何が欲しいの!?」私は叫んだ。

「お前は在庫だ」ジュリアンは言った。

 彼は私の顎をつかみ、指が頬に食い込んで痛みが走る。

「俺はジュリアン・コスタだ。うちの一家が、この街の『地下』を仕切ってる。

 まさか私が、安いバーで彼女探しなんかしてると思ったのか?」

 ――ああ。マフィアの坊ちゃん、ってわけね。

「俺たちは肉を流す。いまのお前も、それだけだ。肉だ」ジュリアンが耳元で囁いた。

 彼は笑う。

「酒に薬を入れた。お前は気を失った。もう俺のものだ」

 マークが私の髪をつかみ、汚い顔を首元にぐいっと押しつけて、深く匂いを吸い込んだ。

「手つかずの処女の匂いがするな、ボス」マークが唸った。

「おい、商品に鼻を押しつけるな」ジュリアンは言った。だが、止めようとはしなかった。

 マークの荒い指が、私の安物のパーカーの襟を引っかける。

 乱暴に引き下ろされ、冷たい空気がむき出しの肩に当たった。私は激しく震える。

「肌が乾いてる。油が要るな」マークは言い、粉を吹いた皮膚の一角を親指で強くこすった。

「こいつはどうする? 競りにかけるか? それとも使い潰して湾に捨てるか?」

 ジュリアンは身を反らし、腕を組んだ。私を見る目は、まるでゴミでも見るみたいだった。

「痩せすぎだ。上物の競りには向かねえ。親父は肉付きのいいのが好きだからな」ジュリアンは言った。

「だが目はいい。叫び声もいい」

「じゃあ俺も順番もらえる?」マークが唇を舐め、私の肩を強く握りつぶした。

 ジュリアンが釘を刺す。

「親父に渡す前に、この小さな淫売は俺が先に躾ける。

 白馬の王子様が怪物だって気づいた瞬間に泣くのを見るのが好きなんだ」

 こいつら、自分たちが恐ろしいと思ってる。

 胸の奥で心臓が激しく鳴った。

 恐怖じゃない。昂りだった。

 飢え。食べたい。

 小さなバンの中に、あいつらの鼓動が反響する。

 ドクン、ドクン。今まででいちばんいい音だった。

 五つ星のご馳走みたいだ。毒腺が白熱する痛みで膨れ上がる。

 ――食べたい。

 牙が歯茎の内側で脈打った。

 ――飲み込め。抑えろ、セレナ。

 私は頬の内側を噛みちぎり、血がにじんだ。

 自分の血の味が、きつく張り詰めた衝動を少しだけ落ち着かせる。

 キーッ――。

 バンが乱暴に急停止した。

「着いたぞ」ジュリアンが言う。

「引っ張り出せ」

 後部ドアが引き剥がされ、冷たい夜気が一気に流れ込んだ。

「助けて! 誰か助けて!」

 マークが残忍に体を持ち上げ、そのまま私をバンの外へ放り投げた。

 床に叩きつけられ、膝が擦りむける。

 漂う匂い。漂白剤、錆、腐った肉。

 見上げると、天井から鎖がぶら下がっていた。

 錆びた骨切り鋸が金属の作業台に並び、乾いた血に汚れたビニールカーテンが扉を塞いでいる。

 地下室じゃない。屠殺場だ。

 ジュリアンがバンを降りた。

 近づいてきてしゃがみこみ、また私の顔をつかむ。

 乱暴に頭を引き上げ、刺すような強い光に晒した。

「見ろよ」彼は嘲る。

「乾いてるところに油を塗れ。脚の汚れを洗い落とせ」

 脇の小部屋から手下たちがぞろぞろ出てきた。汚れたタンクトップの上に屠殺用のエプロンを着けた男たち。

 彼らは私を囲む。

「こんな痩せた雌犬、台の上じゃ一時間ももたねえな」一人が床へ唾を吐き捨てた。

「洗い場へ連れていけ」ジュリアンが命じる。

「剥け」

 私は膝を抱え、震えた。

 ドンッ!

 廊下の先の重い鉄扉が蹴破られた。

 巨大な男がのそのそと部屋に入ってくる。

 ボビー。脂肪とよだれで三百ポンド級。

 腹を覆いきれないほど汚れた絹のシャツを着ていた。

 知能が低い、そういう手合いだった。

「オレの!」ボビーが叫び、太い指でまっすぐ私を指した。

「パパが言った! こいつはオレのだ!」

 ジュリアンの得意げな笑みが消えた。

 彼は素早く立ち上がる。

「落ち着け、ボビー」ジュリアンは言い、作り笑いを貼りつけた。

「こいつは病気だ。汚い。俺が洗ってやる。遊び部屋には金髪を――」

「ふざけんな!」

 ボビーは作業台から錆びた肉用の鉤をつかみ、煉瓦壁へ投げつけた。金属が派手な音を立てて跳ねる。

「いま! パパがいまって言った! オモチャはオレの部屋だ!」

 手下たちは黙り込んだ。ジュリアンは冷静さを失う。

 顎がぎり、と締まった。

「ボビー、引っ込んでろ――」

「黙れ」

 冷たく、しゃがれた声が部屋を切り裂いた。

 傷だらけのカポが、暗い廊下から姿を現す。

 黒いコートをまとい、ジュリアンの方など見もしない。

「ボスの命令だ」カポは言った。

「ボビーの部屋へ連れていけ」

 死んだような沈黙が落ちた。

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