第5章 嵐が来る前

台風が過ぎ去った早朝、潮が引いたあとの生臭い匂いがまだ辺りに漂っていた。

美香は石畳の道を踏みしめ、一人で漁協の事務所へと向かった。事務所に人影はない。彼女は抜き足差し足でドアを開け、周囲を見回してから、紬の事務机へと早足で近づく。その指先が机上を滑り、やがて一冊の業務日誌の上で止まった。表紙をめくり、何かを探すようにページを一枚一枚めくっていく。

『夜間出航異常』――その数文字が目に飛び込んできた瞬間、美香の呼吸は一瞬にして乱れた。顔を近づけてよく見ると、紬が赤いペンでその行に力強い下線を引いているのがわかる。

次のページをめくると、同様の記録が他にも数カ所あった。彼女はスマ...

ログインして続きを読む