第9章 夜の嵐

夜の帳が下りると、潮見島は乳白色の濃霧に深く沈んだ。海から這い寄る湿った空気は、街灯の光さえも滲ませ、数メートル先の景色すら奪い去る。だが、この視界不良は、闇に紛れて動く者たちにとって、好都合な天然の帳だった。

午後九時過ぎ。受信機から、村長の何気ない声が流れてきた。

「漁港の設備の点検に行ってくる。少し遅くなるかもしれん」

妻に告げる、ありふれた言葉。だが、圭一の研ぎ澄まされた感覚が、その声の裏に潜む不自然な響きを捉えた。こんな濃霧の夜に、一人で設備の点検だと?

圭一は音もなく立ち上がった。部屋を出る際、デスクの引き出しから、すでに実弾が装填されたSIG SAUER P2...

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