第8章 赤いスカート

「エステルお姉さま、学院へ行くお時間です」

控えめなノックが、小沢かなの眠りをほどいた。

目を開けたまま、天井の文様をしばらく見つめる。それからようやく枕元へ手を伸ばした。琉璃珠は、まだそこにある。ひやりとした感触が指の腹に貼りつき、昨夜――喉を締め上げてきたあの手は、ようやく記憶の奥へ引っ込んでいった。

鳥籠の小さな生き物が、先に騒ぎ出す。

「ココ、ココ!」

小沢かなは上体を起こした。喉の奥が、まだじんと痛む。珠をしまってから、ようやくセシリーを入れる。

妹は淡い水色の小さな水玉の木綿のワンピースに着替え、髪には青いサテンのリボン。耳元には小さな雛菊が二輪。清楚で、汚れのない感じがする。

セシリーは手際よく小沢かなにペチコートを着せ、衣装棚を開いた。

赤、橙、緑――色とりどりのドレスが幾重にも並び、リボンとレースがぎゅうぎゅうに詰まって目が痛くなる。

元の持ち主は、どうやら自分をクリスマスツリーにでも仕立てたかったらしい。

「白を」

小沢かなは、いちばん飾り気のない一着を指さした。

ギリシャ風の裾はほとんど床に届き、胸元は少しだけ深い。余計な装飾は一切ない。セシリーが抱え出すと、ためらうように彼女を見た。

「お姉さま、そのドレスは……お似合いになりません。お姉さまは、いちばんお好きなのは――」

「それでいいの」

小沢かなはドレスを受け取り、鏡の前に立った。

以前の自分の顔立ちは、ここまで整っていなかった。服と所作で、せいぜい人の目を引く程度。けれど今のこの顔は、それだけで十分すぎるほど美しい。そこへ色を重ねれば、顔ではなくドレスだけが目立ってしまう。

鏡の中で金髪がさらりと落ち、白い布地をいっそう清潔に見せた。

小沢かなは背を向け、今度は真紅のレースのフリルドレスを一着選び、椅子の背に掛ける。

セシリーは気が変わったのだと思ったのか、手を伸ばしかけた。だが、呼び止められる。

「先に下へ行って。髪は自分で結うから」

「でも……」

「大丈夫。自分でできるわ」

妹は小沢かなを見て、それから鳥籠を見た。結局、うつむいて部屋を出ていく。

扉が閉まった瞬間、小沢かなは灰色の斑の小鳥へ歩み寄った。

ココが、首をすくめる。

「あなたのいちばん綺麗な羽、ちょっと見せて」

笑いながら手を近づける。鳥は首をくるりと回し、黒豆みたいな目で瞬きもせずに睨み返してきた。小沢かなは、その沈黙を許可だと勝手に解釈し、指先をすっと差し入れる。

「斑――!」

長い悲鳴。白い風切羽が、彼女の指の間に収まった。

朝の光を受けて、細かなきらめきが走る。彼女がこれまで見てきたどんな装身具よりも、美しい。小沢かなは羽根の軸をつまみ、丹念に眺めたあと、手首に回してきゅっと結んだ。

籠の中は大騒ぎだ。

小沢かなは籠の縁をこつこつと叩く。

「静かにして」

この羽には、鳥の身の内の強い力が宿っている。昨夜、記憶珠の効き目は嫌というほど思い知った。今日に限って、身を守れるものを目の前に置いたまま使わない手はない。

ココは片翼で背後をかばい、もう片方で籠をばたばたと叩きつける。

小沢かなは髪を整え、椅子の背の赤いドレスを手に取って、扉を開けて階下へ降りた。

食堂では、グラント夫人がすでに席についている。セシリーは傍らに立ち、召使いがふわふわのクレープを運ぶのを見守っていた。

小沢かなはすぐには座らない。

「セシリー。赤いドレス、ずっと欲しがっていたでしょう?」

妹が顔を上げる。視線が、小沢かなの手元へ落ちた。

濃く燃えるような赤。凝ったレース。幾重にも重なる裾。これまで、こっそり眺めるだけだったもの。

小沢かなはそれを差し出した。

「あなたにあげる」

「エステル!」グラント夫人の羽根扇がぴたりと止まる。「それはあなたのお気に入りでしょう」

「まだいくらでもあるもの」

小沢かなは笑って席につき、クレープをひと切れつまんだ。

「しまい込んで着ないくらいなら、妹にあげたっていいでしょう?」

ギブスがシリアと目を合わせた。二人とも驚きを隠せない顔だ。けれどセシリーは受け取らず、自分の青いワンピースの裾を指先でそっとつまむ。

「お姉さま、わたし……」

「どうしたの。気に入らない?」

「違います。でも、これはお姉さまの――」

「今はあなたのよ」

小沢かなの声は柔らかい。だが視線は逸らさない。

「着替えてきて。見せてちょうだい」

グラント夫人はまだ何か言いたげだったが、娘の顔を見ると、言葉を飲み込んだ。召使いが赤いドレスを受け取り、脇で待つ。セシリーは仕方なくそれに従って去っていった。

妹が出ていっても、母の機嫌は晴れない。

「あなた、あの子に甘すぎるわ」

「妹ですもの」

小沢かなはクレープをひと口かじる。横目で見ると、ギブスの表情がふっと和らいでいた。

昨夜まで、彼らは台所で彼女のことを意地が悪いと噂していた。けれど同じドレスを、こうしてここで渡すだけでいい。説明など一言も要らない。

セシリーが戻ってきたとき、足取りはさっきよりずっと慎重だった。

こんな滑らかな絹を身につけたことがないのだろう。どこかに擦ってしまいそうで怖い――そんな歩き方。赤は小麦色の肌に映えるが、過剰なフリルが細い体を押しつぶし、食堂の入口に立つ姿はまるで大人の服を盗み着た子どもだ。

白いドレスの少女が、カップを置く。

「似合ってる」

セシリーの頬が赤くなり、うつむいて裾を引っ張った。

ギブスが小声で感心する。

「エステルさんは、本当に妹思いでいらっしゃる」

小沢かなはそれを聞き流し、行き場のないセシリーの手元から視線を外した。

もちろん、あの水玉の青いワンピースのほうがセシリーには似合う。

けれど妹を可愛く見せることが、このドレスを選んだ理由ではない。

湯気の立つカップを持ち上げる。温かさが頬を撫でて上っていく。食堂では誰かがミルクを足し、誰かがクレープは足りるかと訊く。昨夜、珠を握りしめて震えていた自分は、もうずいぶん遠い。

――それでも、手首の羽は残っている。

指先で羽先をそっと弾くと、さっきまでの意地の悪い遊び心がすうっと薄れた。セシリーの背後にはレインがいる。自分が今日やるべきことは、ここで妹の服の似合う似合わないを眺めることじゃない。

「お母さま、200ルソスください」

グラント夫人がまた扇を揺らしかけ、そこで止めた。

「まあ、エステル。家には――」

「フロース大通りを少し見て回りたいの」

小沢かなは母の手首にそっと触れ、甘えるように言う。

「お願い」

夫人は娘を見つめ、結局は強く出られなかった。小言をいくつかこぼしながらも、金を出す。

小沢かなは200ルソスを受け取り、しまう。身を乗り出して母の頬に軽く頬を寄せた。

体を起こすと、セシリーが彼女の手首の白い羽を見ていた。

「ピピが……」

「ココよ」

小沢かなは白い輪を見下ろし、静かに釘を刺す。

「呼び間違えないで」

セシリーは口をつぐむ。

小沢かなは白いスカートをつまみ、玄関へ向かった。馬車はすでに用意され、御者が扉を開けてくれる。車体に手を添えて乗り込み、腰を落ち着けてから、金をもう一度数え直した。

96ルソス。徽章を買い戻すための分。

宿の勘定も払わなければならない。それからフロース大通りへ。

小沢かなは金を携帯袋へしまい、御者に告げる。

「まずはソロン学院へ」

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