第60章 何を言っているのか分からない

須藤彩夏は立ち上がり、涙を拭ってから、そっと首を横に振った。

「大丈夫です、理恵さん」

神谷理恵はふう、とため息をつき、彩夏のそばへ寄ると、その手を包むように握った。

「彩夏。もしかして承吾のあのガキに何かされたの? いじめられたなら言いなさい。私がぶん殴ってやるから」

掌のぬくもりが、彩夏の胸を小さく震わせる。

よかった。理恵さんも、まだ無事だ。

――まだ間に合う。何も、取り返しのつかないところまで行っていない。

いま、この世界で自分が愛している人も、愛してくれる人も、みんな生きている。何も起きていない。

……ただし。

須藤彩夏の瞳の奥を、噴き上がるような憎悪が一瞬よぎる...

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