紹介
5ヶ月の胎児は、冷たい器具によって、母親の体から一切れ一切れ引き裂かれた。
私の唯一の妹は、彼が雇った男たちに凌辱されて植物状態になり、父親も分からない不浄の種を宿された。
私は無実の罪を着せられて投獄され、出所後は再び彼のそばに監禁された。すべては、私の子どもを殺したあの女に、腎臓を一つ差し出すためだけに。
あの凍えるような夜。
私は「私は天下で最も卑しい女です」と書かれた看板を首から下げ、人通りの激しい街頭で跪かされていた。
彼は温かいカフェの中からそれを見つめ、ワインを一口一口、優雅に嗜んでいた。
そして、私は死んだ。
──再び目を覚ますと、私はあの悪夢が始まる前夜に戻っていた。
彼が私の隣に横たわり、その手がこちらへと伸びてくる。
今度はもう、泣かない。乞わない。逃げもしない。
私は微笑みながら、一歩一歩、彼が私に与えたすべてを──
百倍にして返してやる。
待っていなさい。
すぐに、地べたを這いつくばって許しを請うのは、お前のほうだ。
チャプター 1
神谷承吾はグランドビュー・ホテル最上階のスイート、その扉の前に立っていた。薄暗い廊下の灯りが、氷のように冷えた横顔を照らす。
助理から送られてきた監視カメラのスクリーンショット――一時間前、神谷彩夏が男に身体を支えられ、この部屋へ入っていく姿が映っていた。
神谷承吾は薄い唇をきゅっと結び、カードキーをかざしてドアを開けた。
リビングはもぬけの殻。寝室の扉だけが半開きで、奥から「ドンッ!」という大きな衝撃音が響く。
神谷承吾の瞳孔が、ぎゅっと縮む。
大股で踏み込み、扉を一蹴りして蹴破った。
ベッドの上。
神谷彩夏は服が乱れ、小腹はわずかにふくらみ、手には砕けた花瓶の破片。顔色は紙のように白い。
その上にいた男は頭を押さえ、怒りに任せて罵声を飛ばしていた。
「このクソ女! 誘ってきたのはてめぇだろ? 今さら清純ぶってんじゃねぇ!」
神谷彩夏は扉口の神谷承吾を見つけ、目に一筋の希望を灯す。
助けを求めるように身を起こそうとして、力が抜け、ベッド脇の絨毯へ崩れ落ちた。
「承吾……助けに来てくれたの……?」
ただ友人と食事に行き、ドリンクを一杯飲んだだけだった。そこから意識が霞み、気づけば見知らぬ男に連れられ、ホテルの一室にいた。
残ったわずかな意識で花瓶を振り下ろし、男の頭を割らなければ――。
神谷承吾の視線は、毒を塗った刃のように彼女を貫いた。
そして、ふっと笑う。凍えるような笑い声が、神谷彩夏の背筋を冷たく撫でた。
「彩夏、結婚して二年……俺はお前を甘く見てた」
神谷彩夏はまだ力が戻らない。歯を食いしばって訴える。
「違う……そうじゃない。誰かに薬を盛られたの。私を陥れようとして――!」
「薬?」
神谷承吾はしゃがみ込み、彼女の顎を乱暴に掴んだ。声は底冷えするほど低い。
「お前が自分で男を連れてホテルに来たんじゃないのか? 随分と『はっきり』してるじゃないか」
指の力が強すぎて、神谷彩夏は眉を寄せる。それでも、頑なに見返した。
「承吾……一度だけでいい、信じて。私は――」
「信じる?」
神谷承吾は彼女を突き放し、立ち上がる。汚物でも払うような仕草で。
「彩夏、雅子を殺した日から、お前に信用なんて欠片もない」
胸が、大きな手で握り潰されるように痛む。息が詰まるほどに。
神谷承吾の言う雅子――菅野雅子。幼なじみで、彼の高嶺の花。
あの時、神谷彩夏と菅野雅子は一緒に誘拐された。犯人は神谷彩夏だけを解放し、菅野雅子を輪姦し、殺した。さらにその暴行映像を神谷承吾へ送りつけた。
菅野雅子の両親は、神谷彩夏が犯人を買収したのだと泣き叫び、責め立てた。
その日から神谷承吾は、彼女を骨の髄まで憎むようになった。
神谷彩夏が震える唇で何か言いかけた、その時――。
廊下から、柔らかな女の声が聞こえた。
「承吾……中にいるの……?」
菅野詩音が、ハイヒールを鳴らしながら優雅に入ってくる。室内の光景を見た瞬間、驚いたように口元を押さえた。
「……まあ。彩夏さん、どうして……」
彼女は神谷承吾の隣へ寄り添い、そっと手を取る。
「承吾……彩夏さんも、きっと一時の気の迷いよ。落ち着いて……」
神谷彩夏は、はっと顔を上げた。
菅野詩音の目に一瞬だけ走った、得意げな色。
その瞬間、すべてを悟る。
彼女は菅野詩音を睨みつけ、歯ぎしりするように言った。
「……あなたね! あなたが仕組んだんでしょう!」
菅野詩音は菅野雅子の妹で、ずっと神谷承吾を慕っている。表向きはか弱い妹を装いながら、何度も神谷彩夏を陥れてきた女だ。
菅野詩音は目に涙を溜め、唇を噛んで震える。
「彩夏さん……どうしてそんなこと言うの? 姉のことで私が嫌われてるのは分かってる。でも……こんなやり方で仕返しなんて……」
その今にも泣きそうな顔――まるで自分が被害者だと言わんばかり。
神谷彩夏の頭の奥が、かっと熱くなる。
よろめきながらも立ち上がり、残る力をかき集める。
そして――。
パァンッ!
乾いた音が部屋に響き、神谷彩夏の平手が菅野詩音の頬を打ち抜いた。
「菅野詩音……その芝居、いい加減にしなさい! この男を雇ったのも、私を完全に潰して、神谷夫人の座を奪うためでしょ!」
菅野詩音は頬を押さえ、一歩だけ後ずさる。
涙目で神谷承吾を見上げ、怯えた声を出した。
「承吾……私、ほんとに違う……!」
その言葉が終わる前に、菅野詩音が短い悲鳴をあげた。
まるで神谷彩夏に突き飛ばされたかのように、ふらりとよろめき――腕を絡めて、後ろへ倒れ込む。
薬で身体が弱っていた神谷彩夏は引きずられ、背中から絨毯へ叩きつけられた。
次の瞬間、腹部に、重い衝撃。
激痛が下腹部で弾け、全身へ走った。声が喉で詰まり、視界が何度も暗転する。
「詩音!」
神谷承吾の叫びが響く。
彼は長い腕で菅野詩音を引き起こし、焦りを隠しもしない。
「詩音、大丈夫か? どこか痛いか?」
菅野詩音は彼の胸に寄りかかり、涙をぽろぽろ落とした。
「私は平気……でも、彩夏さん……どうして私を押したの……」
「彩夏!」
神谷承吾の怒りに満ちた視線が神谷彩夏へ向く。
だが彼女は身体を折り曲げ、両手で腹を押さえ、額の髪は冷や汗で濡れていた。
――赤い。
彼女の下から、鮮血が溢れ、床に深い染みを広げていく。鼻を刺す鉄の匂いが漂った。
「……子ども……助けて……私の子……」
神谷彩夏は口を開くが、まともな声にならない。破れた呻きがこぼれるだけだ。
神谷承吾の表情が、ようやく変わった。
赤い染みに目を落とし、拳を握り、ほどく。
二秒後、彼は神谷彩夏を抱き上げ、扉へ走った。
「車を出せ! 病院だ!」
声が、わずかに震えていた。
神谷彩夏は彼の腕の中で意識が遠のきながら、かすれ声で言う。
「承吾……私は……裏切ってない……」
神谷承吾は答えず、足を速めた。
手術室の前。赤いランプが刺すように光っている。
神谷承吾は廊下の窓際に立ち、冷たい彫像のように動かなかった。
「承吾……そんなに心配しないで」
背後で菅野詩音が柔らかく言う。
「彩夏さんも大丈夫。赤ちゃんだって……」
その時、手術室の扉が開き、看護師が駆け出してくる。
「妊婦さんが危険です! ご家族の方! 母体を優先するか、お子さんを――」
神谷承吾は振り向きもしなかった。
横顔だけを向け、眉間に露骨な不耐を刻んだまま言い放つ。
「子どもは処置してくれ。そもそも生まれてくるべきじゃない厄介者だ。やり方まで教えろって?」
看護師は言葉を失い、目に驚愕が走る。
家族の苦悩は数え切れないほど見てきたが、こんなにも即断で冷酷な例は稀だった。
菅野詩音は口元を押さえ、残念そうに息を吐く。その瞳の奥には、薄い歓喜が揺れていた。
「いちばん手っ取り早い方法で」
神谷承吾は淡々と続ける。
「時間を無駄にするな」
看護師は何も言わず頷き、扉は重く閉じた。
廊下に静寂が戻り、窓の外で風が呻く。神谷承吾の指先の煙草は、とっくに燃え尽きていた。
――一方、手術室。
神谷彩夏は冷たい手術台に横たわり、下腹部を引き裂くような痛みに耐えていた。
そこへ扉が開き、菅野詩音が無菌服で入ってくる。
「どうしてあなたが?」医師が眉をひそめる。
「神谷様が心配されて。様子を見て、意思を伝えるようにと」
マスク越しの声が、やけに優しい。
菅野詩音は手術台の脇に立ち、神谷彩夏を見下ろした。
神谷彩夏は嫌悪に顔を背ける。
「……出ていって」
菅野詩音は小さく笑い、耳元へ身を寄せる。
二人だけに聞こえる声量で、羽のように軽く――しかし氷の毒を含んで囁いた。
「彩夏さん。さっき外でね、承吾が『はっきり』言ったの。お腹の中のは忌むべき子だって。残しておくのは恥。だから、きれいに処理しろって」
神谷彩夏の身体が、こわばった。
「……嘘よ……」震える声が漏れる。
「嘘?」
菅野詩音は身を起こし、ポケットからスマホを取り出す。操作音のあと、短い録音が流れた。
『子どもは処置してくれ。そもそも生まれてくるべきじゃない厄介者だ。やり方まで教えろって?』
神谷承吾の声。
間違えようがない。
神谷彩夏の血が、凍りついた。骨の芯まで冷たい。
菅野詩音は彼女の蒼白を楽しむように見つめ、主治医へ目配せをする。
「永橋先生。引産で。後始末も、ちゃんと」
医師は明らかにためらった。
「五か月での引産はリスクが高い。患者さんの精神状態も不安定です」
「神谷様の意思は明確です」
菅野詩音は遮り、脅しを滲ませる。
「母体の安全のためにも、早く。神谷様は感謝されますよ」
医師はモニターの不安定な胎児心拍を見て、茫然とする神谷彩夏を見た。
やがて、重く頷く。
「……準備しろ。引産を開始する」
「やめて! 私の子ども! 承吾! 承吾、どこ!」
神谷彩夏はようやく叫び、起き上がろうとして押さえつけられる。
菅野詩音は一歩退き、マスクの下で口角を吊り上げた。
冷たい針が脊椎へ刺さる。下半身の感覚が、じわじわと消えていく。
なのに意識だけは、異様なほど冴えていた。
裂けるように目を見開いたまま、神谷彩夏は見た。
冷たい鉗子が、体内から――小さな、丸まった肢体を引きずり出すのを。
小さい。けれど、腕の形だと分かる。
見たくない。
心が叫ぶ。だが目は、釘で打ちつけられたように逸らせない。
次々と、欠けた手足が取り出され、最後に――未成熟な小さな頭部。
閉じた瞳が、神谷彩夏の見開いた目と重なる。
心臓が止まった。
刺すような痛みが全身へ染み込み、声が出ない。
それでも終わらない。
菅野詩音が近づき、トレイを持ち上げると――中身を床へぶちまけた。
冷たい床に、赤い飛沫がぱっと散る。
「彩夏さん、よーく見て。忌むべき子ってのはね、徹底的に潰してやるのが正解なの」
菅野詩音は笑い、赤裸々な残虐を瞳に浮かべる。
そして、足を上げ――。
ぐしゃり、と。
残骸を踏み潰した。
「……やめろォォォッ!!」
獣のような咆哮が、手術室に響いた。
どこにそんな力が残っていたのか、神谷彩夏は手術台から転がり落ち、菅野詩音を突き飛ばす。
真っ赤な目で震える手を伸ばし、床の残骸を一つ一つ拾い集め、胸に抱きしめた。
守るように、必死に――。
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「俺がいなければ、お前には何の価値もない」
彼女が妊娠検査薬をそっと隠し持ち、すべてに別れを告げて永遠に立ち去るまで、夫が慌てふためくことはなかった——。
家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った
公平を期すという名目のもと、兄たちは彼女からリソースを根こそぎ奪い、その尊厳を踏みにじってまで、運転手の娘を支えた。
彼女は兄たちのためにすべてを捧げたというのに、家を追い出され、無残に死んだ。
生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。
兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。
長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。
兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」
彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」
追放された偽令嬢、実は超財閥の真の令嬢
孤児だと判明した途端、彼女は養父母から冷酷に家を追い出され、婚約者も本物の令嬢へと乗り換えた。
彼らは、彼女がこれからド田舎で悲惨な生活を送るのだとあざ笑っていた。
しかし、彼女を迎えに来た実の家族は、なんと世界を牛耳る超巨大財閥の一族だった!
さらに、彼女自身もただの小娘ではない。その正体は、世界の医学界が平伏す伝説の天才医師だったのだ。
実家に戻るや否や、彼女は神業のようなメス捌きで次々と難病患者を救い、医療界の権威たちを圧倒していく。その圧倒的な実力に、誰もが恐れる冷酷なトップ御曹司でさえも彼女に惹かれ、無限額のブラックカードを差し出す始末。
一方、彼女を追い出した養父母の家業は倒産寸前に陥り、元婚約者も彼女の本当の姿を知って絶望の淵に立たされていた。
彼らが泣きついて許しを乞うても、彼女は冷たく言い放つ。
「今さら後悔しても、もう遅いわ」
天才デザイナーの私と三つ子を、大富豪は取り戻したい
屈辱に塗れ、身一つで夜逃げするように国を去った私は、その後に彼の「三つ子」を身ごもっていることに気づく。
――6年後。
私は世界に名を馳せる天才デザイナーとなり、奪われたすべてを取り戻すために帰国した。
しかし、悪辣な嘘に目を曇らされた知暁は、私を激しく憎み、「仇敵」として冷酷に立ちはだかる。
やがてすべての真実が白日の下に晒された時、彼は己の過ちに絶望し、プライドを捨てて泣きながら私に許しを乞うた。
だが、傷つけられた私の心はもう戻らない。私は彼の懇願を、冷徹に突き放した。
――もう遅いわ。あなたを一生、許すつもりはない。
そう誓ったはずの私だったが、予想だにしない誤算があった。
私たちが産んだ愛らしい三つ子たちが、今さら戻りたいと泣く父親の、まさかの最強の味方として動き出したのだから。
知る前の夜
二日後、インターン先に足を踏み入れると、彼が社長のデスクの向こうに座っていた。
あの夜、私を喘がせた男にコーヒーを運ぶ日々。なのに彼は、まるで一線を越えたのが私のほうだと言わんばかりの顔をする。
***
始まりは賭けだった。終わりは、彼女が決して望んではならないただ一人の男だった。
ジューン・アレクサンダーは、見ず知らずの男と寝るつもりなどなかった。だが、夢にまで見たインターンを勝ち取り、その夜を祝っていた彼女は、勢い任せの無茶な賭けに背中を押され、謎めいた男の腕の中へと導かれる。熱を帯びた気配を纏い、寡黙で、そして忘れられない男。
もう二度と会うことはない――そう思っていた。
ところが初出勤の日、オフィスに入った瞬間――
彼が新しい上司だと知る。
最高経営責任者、その人だったのだ。
たった一夜、無謀に身体を重ねた男の下で働かなければならない。ヘルメス・グランデは権力者で、冷たく、そして絶対に手を出してはいけない存在。けれど二人の間に張りつめた緊張は、どうしても消えてくれない。
距離が縮まるほど、彼女の心と、二人の秘密を守り抜くことは難しくなっていく。













