第4章
夏奈視点
三ヶ月後。
M市中心街にある、とある高級カフェ。私はその一角のボックス席に座り、湯気の立つラテを前にしていた。
分厚いファイルを持った私立探偵の井上誠人が、静かに入ってくる。
「黒石さん」席に着いた彼は、低い声で言った。「ご依頼の通り、三週間、土屋美花を徹底的に尾行しました」
「それで、何か分かった?」私は軽くコーヒーを一口すする。
井上さんはファイルを開き、中から高解像度の写真の束を取り出した。「ご推察の通りでした。この女性の私生活は、実に……華やかですな」
私は写真を注意深く検分した。一枚目は、美花がホテルの入り口で若い男と抱き合っているもの。二枚目は、別の男と親密そうに食事をしているもの。三枚目は……。
私は内心で呆れ果てた。この女、思っていた以上に軽い女だったとは。
「これらの写真は、いつ公にしますか?」私がすべての写真に目を通し終えると、井上さんが尋ねた。
私は少し考え、冷たい笑みを唇に浮かべた。「彼女が一番得意になっている時がいいわ。明後日は渡辺夫人のチャリティーガラ。中心街の社交界の名士がこぞって出席するし、土屋美花も間違いなく来るはず……」
「承知しました」井上さんは頷いた。「ガラ当日の朝に、情報が流れるよう手配します」
「もう一つ」私はハンドバッグから小切手を取り出した。「土屋健太の取引先に接触してほしいの。特にL市の関係者にはね。土屋美花の『不適切な素行』が、彼らのビジネス関係に影響を及ぼすかもしれない、と匂わせて」
井上さんは小切手を受け取ると、その金額に目を輝かせた。「お任せください、黒石さん。L市の金融界には幅広い人脈がありますので」
「くれぐれも、自然にね。私が裏で糸を引いているなんて、誰にも思われないように」
「もちろんです。それが私の仕事ですから」
私は優雅に立ち上がり、ハンドバッグを手にした。「では、決まりね、井上さん。良い知らせを待っているわ」
二日後の夜。N市で最も格式高い会員制クラブが、煌々と光を放っていた。
私はオーダーメイドの深い青のイブニングドレスをまとい、優雅にボールルームへと足を踏み入れた。黒石グループの社長として、私の登場はすぐに多くの注目を集めた。
「夏奈さん! 今夜は一段とお美しいわ!」渡辺夫人が、温かく私を抱きしめながら近づいてきた。「母親になると、ますます輝きが増すのね」
「ありがとう、順子さん」私も微笑み返した。「双子のおかげで、私の人生も本当に豊かになったわ」
「双子といえば……」渡辺夫人は声を潜めた。「今朝、とても興味深いニュースを見たのよ。あなたのご主人の妹さん、土屋美花さんのこと……本当に驚いたわ」
私は知らないふりをした。「どんなニュース?」
別の社交界の夫人、鈴木夫人が会話に加わってきた。「ご存じないの? 今日の週刊誌に、彼女が複数の男と浮気している写真が載ったのよ。まったく、見下げ果てたものだわ!」
「まあ!」私は驚いたふりをした。「美花が? そんなはずないわ……彼女は結婚している身なのに……」
「結婚?」鈴木夫人は鼻で笑った。「結婚が不倫の妨げになったことなんて、いつの時代にあったかしら? 写真に写っていた男たちとのあの振る舞い……反吐が出るわ」
ちょうどその時、ピンクのイブニングドレスに身を包んだ美花が、自信に満ちた笑みを浮かべてボールルームに入ってきた。彼女は明らかに、今朝の出来事を知らないようだ。
ボールルームのざわめきが、ふっと静まり、すべての視線が美花に集中した。
美花もその異常な雰囲気を察したが、笑みは崩さず、私たちのグループに向かって歩いてくる。
「夏奈さん!」彼女は陽気に手を振った。「ここでお会いできるなんて、嬉しいわ!」
「美花」私は冷静に応じた。
美花は私たちの輪に加わり、微笑んだ。「今夜のパーティーは本当に素晴らしいですね!」
渡辺夫人と鈴木夫人は、意味ありげに視線を交わした。
「ええ、本当に素晴らしいわ」渡辺夫人が氷のように冷たい声で言った。「特に、今朝のニュースのおかげで、今夜は格別に興味深いものになったわね」
「ニュース?」美花は戸惑って瞬きをした。「何のニュースでしょうか?」
「ああ、大したことじゃないのよ」鈴木夫人は侮蔑的な笑みを浮かべた。「ただ、ご主人が出張で留守の間は、さぞ『お忙しい』方もいらっしゃるのだと聞いただけで」
美花の顔が青ざめ始めた。「何をおっしゃっているのか、分かりませんが……」
「分からないですって?」別の社交界の夫人、清水夫人が新聞を手に近づいてきた。「でしたら、これを見ればお分かりになるはずよ」
彼女が広げた新聞の一面には、美花の様々な情事の現場を捉えた高画質の写真が、でかでかと掲載されていた。
その新聞を目にした瞬間、美花の顔から血の気が引いた。
「これ……これは違います……」彼女はどもりながら、弁解しようとした。
「違うって、何が?」鈴木夫人が鋭く問いただした。「あなたが違うってこと? この写真の女は、あなたにそっくりよ」
「写真はまだまだあって、新聞社は一番『まともな』ものだけを公表したそうよ」渡辺夫人は首を振った。「土屋さんはこれを見て、どう思うかしら」
美花の目に涙が浮かび始めた。「こんなタブロイド紙の嘘、信じないで! 写真はきっと偽物なんですよ!」
「偽物?」清水夫人は冷たく笑った。「じゃあ、どうして週刊誌も、時事新聞も、朝陽新聞も、今朝一斉に同じ写真を掲載したのかしら? どこの馬の骨とも知れない女のために、そんなに多くのメディアが話をでっち上げるっていうの?」
周りの社交界の夫人たちが、ひそひそと囁き、指をさし始めた。
美花は必死に周りを見回し、その視線はついに私に注がれた。
「夏奈さん……」彼女は懇願した。「信じてくれるわよね? 私がそんな人間じゃないって、分かってくれるでしょ……」
私は美花の必死な瞳を、一片の同情もなく見つめた。
「美花……」私はゆっくりと、失望を声に滲ませて話し始めた。「本当に、何と言っていいか分からないわ。この写真……とても本物に見えるもの」
「夏奈さん、どうして……」
「今夜はもうお帰りになった方がいいんじゃないかしら」渡辺夫人が冷たく言った。「あなたのような方がいる場所ではないわ」
美花の涙が、大粒になってこぼれ落ちた。
「私……私……」彼女は言葉に詰まり、話すことができない。
「まだ泣く気?」鈴木夫人がきつく言った。「あんなことをしておいて、同情を引こうっていうの?」
美花はもはや、その屈辱に耐えられなかった。彼女は顔を覆い、駆け出した。
ボールルームに、侮蔑的な笑い声が響き渡った。
「自業自得ね」清水夫人は首を振った。「あんな女は、社会から追放されるべきよ」
私は美花の哀れな後ろ姿を、かすかに微笑みながら見送った。
これはまだ始まりにすぎないわ、美花。もっと大きなサプライズが、あなたを待っているのだから。
翌日の夜、M市中心街にある美花の仮のアパート。
私は私立探偵に手配させ、土屋健太をL市から早めに帰国させ、美花が愛人と会っている住所を「偶然」知るように仕組んだ。
午後十時、健太は鍵を使ってアパートのドアを開けた。
すると、寝室から奇妙な声が聞こえてきた。
「あぁ……うん……そのまま……」
健太の顔は、刃のような険しさを帯びた。彼は静かに寝室に近づき、半開きのドアから、彼を打ちのめすほどの光景を覗き込んだ。
美花は筋肉質の若い男とベッドの上で絡み合い、二人とも裸で、完全に情熱に溺れていた。
健太はドアの前に丸々十秒間立ち尽くし、それから激しくドアを蹴り開けた。
「美花! この売女が!」
突然の怒声に、美花と男は驚いて飛び起きた。
「健太!?」美花は恐怖にかられ、シーツを掴んで身を隠した。「あなた……どうして帰ってきたの!?」
「俺がL市で必死に働いている間、お前はこんなことをしていたのか!?」健太の声は怒りで震えていた。「ベッドでこの野郎と寝ていたのか!?」
若い男は慌てて服を着て、逃げようとした。
「待て!」健太は怒鳴った。「逃げられると思うなよ!」
「健太、説明させて……」美花は泣きながら懇願した。「あなたが思っているようなことじゃないの……」
「思っているようなことじゃないだと?」健太は冷たく笑った。「じゃあ何なんだ? ベッドで哲学でも語り合っていたのか?」
「私……ただ、過ちを犯しただけなの……」
「過ち?」健太は携帯を取り出し、あのニュース報道を見せた。「これらの写真も過ちか? お前は一体、何人の男と『過ちを犯した』んだ?」
美花は彼の携帯に写った写真を見て、完全に絶望した。
「健太、お願い、許して……もう二度としないから……」
「許す?」健太の目は嫌悪に満ちていた。「美花、俺が俺たちの未来のためにL市で身を粉にして働いている間、お前はどこの馬の骨とも知れない男どもと寝ていたんだ! どの口が許しを請うんだ?」
「健太……」
「もういい!」健太は怒って遮った。「明日、弁護士に電話する。離婚だ!」
「いや! 健太、そんなことしないで!」美花はベッドの上でひざまずいて懇願した。「私たちには情があるじゃない。やり直せるわ……」
「情?」健太は鼻で笑った。「俺を裏切った時、お前は情のことを考えたのか?」
「健太、お願い、あなたに見捨てられたら私には何もなくなるの……」
「それはお前が選んだことだ」健太は背を向けて去ろうとした。「明日、うちから出ていけ。一銭たりともやらん」
「健太!」美花は必死に叫んだ。「そんなひどいことしないで!」
しかし健太はすでにアパートを後にしており、がらんとした部屋で泣き叫ぶ美花だけが取り残された。
