第62章

「酒はお前がかけた」

口を開いた。語気は平坦で、どうでもいい事実を述べるような調子だった。

「タオル、持ってこい」

凛は答えなかった。一瞥してから視線を横の収納棚へ移した。扉を開けると、きちんと折り畳まれたバスタオルが二段目に並んでいた。一枚取り、腕を伸ばして差し出した。

ふたりの間に、最大限の距離を保ちながら。

司は受け取らなかった。

手を伸ばし、凛の手首を掴んだ。

「中で話す」

気づいたときには、敷居を越えていた。船室のドアが背後で閉まり、鈍い音が一度だけ響いた。

船室に灯りはなかった。

舷窓から海面の照り返しがわずかに差し込んでいた。青灰色の、頼りない光だった。目が慣...

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