第86章

凛は首を横に振った。

「大丈夫です」

声にかすかな震えが混じっていた。溺れかけてようやく水面に浮き上がった人間が、最初に絞り出す言葉のような響き。俯きはしなかったが、睫毛がそっと伏せられた。

結城司はすぐには口を開かなかった。

視線が彼女の手首へ落ちる。赤い痕がまだくっきり残っていた。皮膚の縁に細かな擦り傷が散っている。粗いものに何度も擦りつけられたような跡だった。一秒、また一秒と、彼はそこから目を離せなかった。

黒い瞳の奥で、何かがゆっくりと凝縮していく。嵐の前に空が変わっていくときの、あの重い雲の色に似ていた。

彼は立ち上がった。

背を向ける。

広場には村人たちがまだ跪いた...

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