第110話それは私のはずだ

~ヘルメス~

「もしもし」彼女の声が変わる。まるで見知らぬ誰かに話しかけているみたいに、よそよそしくて奇妙だ。

次の瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。受話口の向こうに耳を傾ける唇が震えるのが見える。

「何があった?」俺はそう口の形だけで訊く。彼女が必死に掴んでいる脆い糸を、指一本で切ってしまわないように。

彼女の視線が俺へと跳ねる――怯えたようで、壊れそうで――それから身を引き、俺の膝から滑り落ちた。唐突に奪われた温もりが冷たい。彼女はスカートの裾を慌てて引き下ろし、体裁を整えようとまごついたあと、苛立ったような鋭い動きで通話を切った。

「戻らなきゃ」彼女は切迫した声で囁く。細く、端...

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