第4章

金曜の残業を終えたのは、午前三時半を回った頃だった。オフィスの最後の明かりを消しながら、私は拓海を驚かせてやろうと考えていた。

婚約して二ヶ月、私たちの仲はさらに深まっていた。彼はいつも私の残業の多さをぼやいていたけれど、彼の担当する深夜ラジオの生放送が終わるのが午前四時だということを、私はちゃんと知っている。タイミングは完璧だ。

今夜は私が彼を仕事場まで迎えに行って、そのまま家に帰って映画でも観よう。NOKラジオ局のビルへと車を走らせながら、私はそんなことを考えていた。

深夜の東京には、どこか独特の神秘的な空気が漂っている。点在する街灯が、誰もいない道路を照らし出していた。拓海から渡されていた入館証を使い、私は難なくビルの中へと入った。夜のエレベーターは異様なほど静かで、大理石の床に響く私のヒールの音だけが、カツカツと小さな音を立てていた。

収録スタジオへと続く廊下は薄暗く、非常灯だけが頼りなく明滅している。本来なら、そのままドアを開けて中に入るつもりだった。しかし――。

待って、どうしてまだ話し声がするの?

腕時計を確認する。三時四十五分。確かに拓海の番組はまだ放送中の時間だが、この時間帯は音楽を流しているはずで、トークの時間ではない。何が起きているのか確かめたくて、私は足取りを緩めた。

スタジオのガラスドア越しに、中にいる二人の人影がぼんやりと見えた。拓海はいつもの席に座っていたが、その向かいには赤い髪の女が座っていた。彼女は身を乗り出し、その仕草はあまりに親密で、二人の距離は通常の仕事上の関係で許される範囲を遥かに超えて近かった。

あの女は誰? 一度も見たことがない。

私はドアの隙間に忍び寄り、中から漏れ聞こえる低い話し声に耳を澄ませた。

「拓海、話があるの……」

赤い髪の女の声は甘く、私が好まない種類の含みを持っていた。

「マリナ、今か?」

拓海の声はどこか焦っているように聞こえた。

マリナ? 拓海の口からそんな名前は一度も聞いたことがない。彼女は何者なの? なぜこんな深夜に、私の婚約者と二人きりでスタジオにいるの?

「拓海、私、三年間ずっと待ってたのよ」

マリナは言った。

「あなたが毎晩、自分の魂をマイクに注ぎ込み、自分自身の一部を世界と共有している姿を見てきたわ……。でも、ずっと不思議だった。どうしてあなたは、あなたのことを本当に理解している相手に、その愛の言葉を囁かないの?」

拓海はしばらく沈黙し、それから口を開いた。

「マリナ、俺はもう婚約してるんだ、わかってるだろう」

「でも、響子はあなたのアートなんてこれっぽっちも理解してないわ!」

マリナの声が突然大きくなった。

「あんなの、法律用語でしか物事を考えられない冷血な弁護士じゃない。でも私は……私なら、あなたの創作のインスピレーションも、深夜にあなたが抱く思考のすべても、理解できる」

私は努めて冷静さを保った。この会話をすべて聞かなければならない。拓海がどう答えるのか、知る必要があった。

「もう二年一緒に仕事をしてきたじゃない、拓海」

マリナは続けた。

「その前からだって、私はここにいて、あなたの声を聴き、あなたを理解してた。何があなたの創作意欲に火をつけるのか、あなたが本当に必要としているパートナーがどんな人間なのか、私にはわかってる」

二年? 二年も知り合いで、拓海は一度もこの女の話をしなかったというの?

拓海は躊躇しているようだった。

「マリナ……」

「あの弁護士は、何もかも理性的に分析するだけよ。彼女は決して、私のようにあなたの声や才能、そして魂の芸術的探求を愛せはしないわ」

マリナの声はさらに熱を帯びていった。

「彼女があなたを理解していると、本気で思ってるの? あなたが音楽について、創作について語るとき、彼女の瞳に本当の共感があったことなんてある?」

私は拳を固く握りしめた。よくもまあ、言いたい放題言ってくれる。

その時、私の心を粉々に砕く言葉が聞こえた。

拓海は髪をかき上げ、葛藤しているような表情を見せた。

「わからないよ、マリナ……。響子と俺は、違う人間なんだ。時々、彼女は俺のクリエイティブな側面を本当に理解しているんだろうかと疑問に思うことはある。でも、だからといって彼女を愛していないわけじゃない。彼女は優秀で、献身的で……」

彼の声は尻すぼみになり、そこには迷いが滲んでいた。

違う人間? 私の世界が傾き始めた。それが、私たちに対する彼の本音だったの?

「私はずっとここにいたのよ、拓海」

マリナは優しく言った。

「誰が本当にあなたを愛しているのか、あなたが気づくのを待っていたの」

彼女が立ち上がり、拓海の方へと歩み寄るのが見えた。拓海は苦悩の表情を浮かべ、その手は微かに震えている。

「こんなの間違ってるよ、マリナ。俺は響子と婚約しているんだ。彼女を愛してる。たとえ時々……」

彼は言葉を切り、その顔に浮かぶ迷いが見て取れた。

「たとえ時々、全く違う言語で話しているように感じることがあったとしても」

「私は拓海という人間だけを愛してるんじゃない」

マリナは彼の頬を撫でた。

「あなたの魂を、あなたの創造性を、あなたの夢の一つひとつを愛してるの。彼女が見ているのはあなたの成功だけ。でも私には、あなたの苦悩が見える。あなたの弱さが見えるの」

そして、最も許しがたいことが起きた。

拓海は一瞬目を閉じ、まるで自分自身と戦っているかのように見えたが、やがて彼女をその腕の中に引き寄せた。

「本当の理解とは何か、考え直すべきなのかもしれないな」

彼はそう囁き、二人の唇が重なった。私が信じていたすべてが、音を立てて崩れ落ちた瞬間だった。

世界が回転しているように感じた。三三回の告白。スカイツリーでのプロポーズ。あの指輪。そのすべてが、「芸術を理解するプロデューサー」ひとりに敵わないというの?

けれど私は、部屋に飛び込むことも、叫ぶことも、泣くこともしなかった。弁護士としての訓練が、この最も重要な局面で私を冷静にさせていた。私は静かにスマートフォンを取り出し、録画を開始した。手は震えていたが、カメラは安定していた。

証拠だ。証拠が必要だ。

私はその裏切りのすべてを記録した。拓海が口にした迷いの言葉、マリナの計算高い仕草、そのすべてを。二人が抱擁に没頭している間に、彼ら双方を破滅させるのに十分な証拠は揃っていた。

これが愛か。私は心の中で冷笑した。三三回の告白も、スカイツリーでのプロポーズも、二ヶ月間の甘い生活も、芸術的理解とかいう数言の言葉の前では無意味だったというわけだ。

私は足音を忍ばせてラジオ局を後にした。夜の廊下にヒールの音が響いたが、私の心は完全に冷え切っていた。

家路につく車の中で、私は泣かなかった。

後悔するわよ、拓海。きっと、死ぬほど後悔することになるわ。

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