紹介
眠れぬ三十三夜、見知らぬDJの声だけが、私の唯一の救いだった。彼は私を彼の「真夜中の女王 (ミッドナイト・クイーン)」と呼び、エンパイアステートビルの86階から、全東京に向けて愛を叫んでくれた――あの瞬間、私は自分が世界で一番幸せな女だと思った。
そう、あのスタジオに足を踏み入れ、彼が別の女にキスするのを、この目で見るまでは。
「響子はクソみたいな機械だよ。俺の芸術なんて、あいつには永遠に分かりっこない」――それが、彼が愛人に囁いた言葉。
エンゲージリングはまだ私の指で輝いているというのに、彼はすでに他の誰かを抱きしめ、真の理解だとか、魂の繋がりだとかを語っていた。
でも、拓海、あなた一つ忘れてる。機械が最も得意なのは、精密な一撃 (ピンポイント・ストライク) よ。
東京トップのM&A弁護士として、私があなたを、愛されるラジオスターから、誰もが唾棄するドブネズミに堕とすのにかかった時間は、たったの六時間。一つの録音データ、数通のメール、それだけであなたが築き上げた全ては塵と化した。
二年後、ポッドキャストの大会であなたが跪いて「もう一度チャンスをくれ」と泣きついた時、私はゴミ箱に投げ捨てたあの指輪を思い出していた。
「拓海、言ったでしょう。あれはゴミ箱の中。永遠にね」
チャプター 1
午前二時。まただ。
私はズキズキと痛むこめかみを揉みながら、コンピューター画面に映し出された『黒田産業』合併案件に関する条項の迷宮を睨みつけた。オフィスは静まり返り、空調の低い唸り音と、私のキーボードを叩く音だけが響いている。四十二階の床から天井まで続く窓の外には、まるでマンハッタンのように広がる東京の夜景が、巨大な回路基板のごとく横たわり、ネオンの光が果てしなく明滅していた。
この忌々しい不眠症が、また悪さをしている。
十六時間ぶっ通しで働いているというのに、脳はまるでエスプレッソを静脈注射したかのように覚醒したままだ。医者は過酷な仕事による副作用だと言い、転職するか睡眠薬を飲むことを勧めた。冗談じゃない。転職だって? 私は『九条&アソシエイツ』の合併買収の女王であり、東京でもトップクラスの弁護士なのだ。睡眠薬にしてもそうだ。翌日まで頭がぼんやりするような薬はごめんだ。私は常に百パーセントの精度を維持しなければならないのだから。
頭痛が悪化してきた。私はデスクの上のラジオに手を伸ばした――秘書の佐藤が無理やり置いていった、長いこと忘れ去られていた「飾り物」だ。BGMでも流せば、少しはリラックスできるかもしれない。
適当に選局ダイヤルを回し、雑音に顔をしかめる。消そうとしたその時、低い男の声が不意に聞こえてきた。
「こんばんは、東京の夜更かしさんたち。眠れない夜のパートナー、拓海です」
その声は……どう表現すればいいだろう。まるでウイスキーのようだった。温かく、そして喉を焼くような優しい刺激がある。そこら中で耳にするような、作為的に低くした偽物の磁力ではない。自然で、滑らかに流れ込んでくる声。
「午前二時十五分。今も起きているということは、あなたも僕と同じ、この眠らない街の一部だということですね。真夜中の東京は決して休まない。夢のために燃え尽きようとしている、魂たちと同じように」
私は作業の手を止めた。
この拓海という男は何を言っているの? 夢のために燃える? 私が燃やしているのは請求書と住宅ローンの支払いへの執念だけだ。だがどういうわけか、彼の声には奇妙な鎮静作用があり、張り詰めた神経をわずかに解きほぐしてくれた。
「今夜は一曲、この歌を贈ります。ビリー・ホリデイの『Strange Fruit』。どんなに暗い瞬間でも、音楽は魂に触れることができると思い出させてくれる曲です」
音楽が始まると、私は自分の肩の力が抜けていることに気づいた。ビリー・ホリデイのしわがれた歌声がオフィス全体を満たし、あの窒息しそうな静寂を追い払っていく。私は椅子の背もたれに身を預け、このオフィスで初めて温もりを感じた。
曲が終わると、再び拓海の声が戻ってきた。
「もし今、たった一人で仕事をしているなら、思い出してください――あなたは一人じゃない。この街にはあなたと同じように、目標のために夜を徹して働いている人々がたくさんいます。皆さんは、勇敢な夜の放浪者なのです」
勇敢な夜の放浪者?
私は思わず吹き出しそうになった。私は仕事に隷属するただのワーカホリックだ――そこに勇敢さなどありはしない。だが、なぜだろう。その表現は……悪い気はしなかった。
それからの三週間で、私のルーティンは微妙な変化を遂げることになった。
毎晩午前二時、私はその局に波長を合わせた。拓海の番組は、私の深夜作業のサウンドトラックとなった。彼はジャズを流し、リスナーからのメールを読み、時には東京のナイトライフについて独自の考察を語った。
「あるリスナーから、なぜ深夜のDJを選んだのかと聞かれました」
ある水曜日の夜、彼はそう言った。
「それは、夜こそがこの街が最も『本物』になる時間だからです。昼間の仮面が外れ、私たちの最も真実な姿だけが残るのです」
奇妙なことに、私の不眠の症状は改善し始めた。睡眠時間が増えたわけではないが、仕事中の不安や焦燥感が薄れたのだ。拓海の声は一種の鎮静剤のように作用し、私は落ち着いて案件に集中できるようになった。
二週目の金曜日、私は想像もしなかった行動に出た――ラジオ局にメールを送ったのだ。
私は十分間もの間、空白のメール作成画面を睨みつけ、何を書けばいいのか迷っていた。ようやく、私は次の言葉を打ち込んだ。
『拓海さんへ
私はよく深夜まで仕事をしている者ですが、あなたの番組だけが私の相棒になっています。この街は窒息しそうなほど冷たく、誰もが機械のように動いていますが、あなたの声は私たちがまだ血の通った人間であることを思い出させてくれます。再び人の温もりを感じさせてくれて、ありがとう。
Sより』
三分間躊躇した後、私は送信ボタンをクリックした。
翌日の夜、拓海は番組の中で私のメールを取り上げた。
「Sさんという方から手紙をいただきました。仕事をしていると自分が機械のように感じられるけれど、僕の番組が人間としての温もりを思い出させてくれる、と。Sさん、あなたが誰で、どこにいるのかはわかりませんが、これだけは伝えたい。誰もが、自分の人間性を思い出させてくれる何かを必要としているのです。真夜中の深淵でこのメールを書こうと思ったその選択こそが、あなたが心の奥底で繋がりを渇望し、理解されることを望んでいる証拠です。それは、とても美しいことです」
顔が熱くなった。彼の言う通りだ――私は理解されることを渇望していた。法廷や会議室では、私は冷徹な交渉マシーンでなければならない。だが、この深夜のオフィスで、見知らぬ男の声に耳を傾けている時だけは、その鎧を脱ぐことができた。
それからの数日間、私たちはメールを通じて奇妙な繋がりを築いていった。私が仕事のプレッシャーについて書くと、彼は番組の中でそれに答えた。名前こそ出さなかったが、私に語りかけていることは明らかだった。
「プレッシャーへの対処法について質問がありました」
ある火曜日、彼は言った。
「重要なのは、あなたは『仕事そのもの』ではないと思い出すことです。あなたの価値は、稼ぐ金額やこなしたプロジェクトの数で決まるものではありません。あなたは独自の夢や恐れ、希望を持った一人の完全な人間なのです。仕事は人生の一部に過ぎません」
そう、私は弁護士以外の自分というものを、忘れかけていた。
すべてが変わったのは、三週目の金曜日のことだった。
いつものように午前二時にラジオをつけ、来週の裁判の資料を整理しながら拓海の声が聞こえてくるのを待っていた。音楽が終わると彼が話し始めたが、今回の声のトーンはいつもと違っていた――より……鋭く、一点に集中したような響きがあった。
「今夜は、ある特定のリスナーに向けて話したいと思います」
彼の声には、解読できない感情が込められていた。
「Sさん、あなたが毎晩聴いてくれているのはわかっています。マンハッタンにあるような摩天楼の高層階で、床から天井までの窓からこの街を見下ろしながら、遅くまで仕事をしていることも」
手からコーヒーカップが滑り落ち、デスクの上に中身がぶちまけられた。
なぜ彼が、私が高層ビルにいることを知っているの? なぜ床から天井まで続く窓のことを知っているの? メールにはそんな詳細、一度も書いたことがないのに。
心臓が早鐘を打ち始めた。ただの偶然だ、そうでしょ? 東京には、全面ガラス張りの高層ビルで深夜まで働いている人間なんて何千人もいる。彼はただ推測で言っただけだ。
だが、拓海は続けた。
「Sさん、この街にはあなたの存在に興味を持っている人間がどれほどいるか、知っておくべきだと思いますよ。あなたのメールは単なる言葉の羅列じゃない――あなたが思っている以上の情報を明らかにしているのです」
「明日の夜、同じ時間に。あなたに伝えることがあります。聴いてくれているといいのですが」
拓海の声は優しく、しかし否定できないある種の決意を帯びていた。
「Sさん、それともこう呼ぶべきかな……まあ、明日の夜に話しましょう」
番組は音楽に切り替わったが、もう私の耳には入ってこなかった。
私はラジオを凝視したまま、脳内が激しく回転していた。
どういう意味だ? 私のメールがどんな情報を明らかにしたというの? 具体的な仕事内容や場所については一切触れないよう、あんなに注意していたのに。
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