第3章

「LINEアカウントは削除、電話番号は使われていない。教授でさえ君に連絡が取れないとは、ずいぶんと徹底してるじゃないか」

私は俯き、かつて心をときめかせたその瞳を直視できなかった。

「私の実家が破産して、父が巨額の債務トラブルに巻き込まれたの。今でも私たちはその借金を返済し続けてる……」

七海浩紀は冷たく笑う。

「それで、君はこうしていなくなったと?」

じゃあ、他にどうしろっていうの? 私が離れなければ、あなたまで泥沼に引きずり込んで、一緒に背負わせろとでも言うの?

「なぜ言わなかった? お嬢様のプライドが許さなかったのか?」

何かを説明しようと口を開いたが、聞き覚えのある声に遮られた。

「あ、本当に涼宮サトミじゃない!」

千葉恵里菜が正面のエレベーターから降りてきて、私を見るなり好奇心に目を輝かせた。

「四年ぶりね、どこに行ってたの? みんな探してたのよ」

彼女の視線が私の髪先からつま先までをなぞり、着古したアウターの上で止まる。

それは大学三年の時に一番気に入っていた服で、今ではすっかり古びてしまっていた。

以前の私は、服は一年着たら捨てていたのに。

「あまり良い暮らしはしてないみたいね」

千葉恵里菜は微笑むと、精巧な作りのハンドバッグからカードを一枚取り出した。

「これ、使いなさいよ。返さなくていいから」

きらきらと光るそのブラックカードを見て、胃がぎゅっと痙攣した。

「必要ないわ。婚約者がお金持ちだから」

少し考えて、私は付け加えた。

「もうすぐ結婚するの。その時は招待状を送るわね」

七海浩紀の表情が、瞬時に硬直した。


昼間、私は会社のデスクに座り、機械的に書類を整理していた。このごく普通の貿易会社が私の本業で、バーは数あるアルバイトの一つに過ぎない。

「聞いた? あのAIテクノロジー企業の創業者、顔認証システムを開発したのは元カノを探すためなんだって!」

同僚たちが噂話に花を咲かせている。

「どこの会社?」

心臓が速く脈打った。

「ほら、私たちが最近提携しようとしてる、あの七海さんの会社よ。なんでも彼のAIシステムには、ある一人の女性の顔を検索するためのコードが隠されてるらしいの」

不吉な予感がこみ上げてきて、私は無意識に手首に触れた。そこには何もない。あの日外したヘアゴムはどこに落としてしまったのだろう。バーで一時間も探したけれど、見つけられなかった。

きっと、それも私に告げているのだ。七海浩紀との縁はもう尽きたのだから、未練を残すな、と。

そんな物思いに耽っていると、不意にオフィスのドアが開いた。

顔を上げると、七海浩紀の氷のような視線と正面からぶつかった。

そこに立つ彼はスーツを身に纏い、私の記憶の中の、簡素な服を着た大学生とはまるで別人だった。

「涼宮サトミを私のプロジェクトの専属連絡係に異動させてくれるなら、提携の望みはある」

七海浩紀は私の部長にそう言った。

部長はすぐさまへりくだった態度で頷く。

「もちろんです、七海様。涼宮、すぐに荷物をまとめて七海様のプロジェクトチームへ向かってくれ」

私は口をパクパクさせたが、断る理由が見つからなかった。

みんな、このプロジェクトのために、長い間頑張ってきたのだ。

終業時間になると同時に、私は素早く荷物をまとめて帰ろうとした。

七海浩紀が私を呼び止める。

「話がある」

「すみません、残業はできません。コンビニで夜勤があるので」

私は急いで彼のそばを通り過ぎた。

七海浩紀は呆然と立ち尽くし、その目に驚愕の色がよぎった。

「コンビニでバイト?」

以前の私は、コンビニに足を踏み入れることさえ嫌がるほど気位が高かった。コンビニでバイトする彼を待つのでさえ、向かいのカフェで座って待つことを選んだ。

今や、役回りは入れ替わり、コンビニで深夜までアルバイトをするのは私になった。

外は雪が降り始め、路面が滑りやすくなっている。

急いでコンビニへ向かっていた私は、角を曲がったところで不意に転んでしまい、手に持っていた弁当箱が地面に落ち、中身が散らばってしまった。

唇を噛み締めながら起き上がると、手のひらが擦りむけて血が滲んでいた。

スマホが鳴る。コンビニの店長からの電話だ。

「涼宮さん、また遅刻かい! 今月で三回目だぞ!」

「すみません、すぐ着きます」

痛みをこらえて立ち上がると、いつの間にか七海浩紀が目の前に現れていることに気づいた。

「その手……」

彼は眉をひそめ、私を支えようと手を伸ばす。

「大丈夫です、擦りむいただけですから」

私は彼の手を避けた。

「本当に遅刻してしまうので」

「送る」

彼は有無を言わさず私を支え、道端に停めていた高級車へと向かった。

コンビニに着くと、店長がカンカンになって私を待っていたが、七海浩紀の車を見て目を丸くした。

「うわ、高級車でコンビニにバイトしに来るのか?」

七海浩紀は無表情に言った。

「彼女は今夜働けません。手を怪我しているので」

「ダメだ、今夜は代わりがいない」

店長は首を横に振る。

七海浩紀はカードを取り出した。

「この店の今夜の従業員一人の労働時間を、私が買い取る」

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