第44章

秦野彰は気づいたようだったが、何も言わなかった。

車がCBDのオフィス街へ折れ、秦野グーグルのビルが陽光を受けて、冷たい色の光を放っている。林夕葵がここへ来るのは久しぶりだった。最後に来たのは二年前、秦野彰の会社の年次パーティーに同伴したときだ。

あのとき彼女はワインレッドのロングドレスを着ていた。壇上で挨拶する秦野彰を、最前列で拍手して見上げていた。

――あの頃は、自分は幸せなのだと信じていた。

「着きました」

運転手が車を止める。

秦野彰が先に降り、回り込んで林夕葵の側のドアを開けた。彼女は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに何事もなかったように降りる。礼は言わない。

二人は並ん...

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