第2章
倉持修とはもう二度と関わることはないと思っていた。
太陽がずっと空に懸かっているのと同じくらい、当たり前のことだと。
昨日、倉持修が母校に『光の舞』のキャスティングで訪れるまでは。
私は人混みの端に立ち、混雑する廊下の向こう、講堂の壇上に立つ倉持修の姿を目にした。少年の頃の青臭さは消え、成熟した内斂と深みが加わっている。
十年という時間が、彫刻刀のように彼の輪郭をより一層くっきりとさせていた。
「森川、見に行かなくていいの?」
クラスメイトが私の袖を引いて尋ねてきた。
私は首を横に振る。
「人が多すぎるから」
話題は次第に倉持修の映画から彼のプライベートなことへと移っていく。クラスメイトは感慨深げに言った。
「倉持修みたいな天才監督って、一体どんな人が好きなのかしらね?」
どんな人もあり得るだろう。ただ、私のような「既婚者で、しかも義理の兄と結婚した女」だけは、絶対にあり得ない。
それでも、そんな私ですら、一つの役を掴み取りたかった。
私は何かに憑かれたようにLINEを開き、長い間連絡を取っていなかった名前——倉持修を検索した。
私には、他の人にはない近道がある。それを使わない手はない。
どうせ私は腹黒い女なのだ。腹黒い女が近道を使って役を手に入れて、何が悪いというのだろうか。
一瞬ためらってから、私は打ち込んだ。
【倉持修さん、こんにちは。森川アキです。『光の舞』のオーディションの機会をいただけないでしょうか?】
指が送信ボタンの上で止まり、なかなか押すことができない。
彼はとっくに私のことなど忘れているだろうし、こんな不躾なメッセージに返信してくれるはずもない。
やはり、やめておこう。
私はその件について考えるのをやめた。
桜井隼が家を出て行った後、私はマネージャーの田中恵に送るはずだったメッセージを、倉持修に誤送信してしまったことに気づき、恐怖に襲われた。
【彼、行ったわ。上がってきて大丈夫よ】
桜井隼は私が芸能界に入ることを望んでいなかったので、私は彼に内緒で小さな芸能事務所と契約していた。
田中恵は私のマネージャーで、今日は脚本を届けに来てくれたのだが、運悪く桜井隼が帰宅するのを見てしまい、私がメッセージを送るまで階下で隠れていたのだ。
「桜井隼は行ったの?」
彼女はセブンスターに火をつけ、無造作にソファに腰掛けた。
「うん、今行ったところ」
私は少し躊躇いながら言った。
「さっき、メッセージを送り間違えちゃって。あなたに送るはずのメッセージを、倉持修に」
「は?」
田中恵は眉を上げた。
「待って、なんであんたが倉持修の連絡先を知ってるの?それに、『光の舞』のオーディションを受けたいって?あの役をどれだけの人間が争ってると思ってるのよ。あんたの旦那様だって、主役を演じたくて頭を下げて頼みに行ってるくらいなのに」
「私たちは高校の同級生だったの」
「ああいうお高く留まった監督は、そういうコネを一番嫌うのよ」
田中恵は率直に言った。
「私が欲しいのはオーディションの機会であって、役そのものじゃない」私は食い下がった。
田中恵は私を一瞥し、ふと言った。
「そういえば、桜井隼が新人のタレント、中島ミキを推してるの知ってる?あんたに結構似てる子よ」
「知ってる」
中島ミキは以前、明け方に挑発的なメッセージとツーショット写真を送ってきたことがある。その写真には、彼女の首筋についたキスマークが写っていた。
「なんで離婚しないの?」
田中恵が尋ねた。
「私に、病気があるから」
私は小声で答えた。
田中恵はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「もし、誰かが心からあんたを愛してくれるとしたら?」
「誰かが心から私を愛してくれるなんて、信じない」
「仮に、いたとしたら?」
私は真剣に考え、そして言った。
「その人と一緒に行く。振り返らずに、一緒に行くわ」
だが、そんな人がいるはずもない。
午前四時半、私は接触恐怖症の発作で寝返りを繰り返していた。
不意にスマートフォンの画面が光り、見慣れた番号が表示された。
「もしもし?」
不眠のせいで声が掠れていた。
「今、着いた。下に降りてこい」
倉持修の声が、電話越しにクリアに、そして力強く響いた。
エレベーターの中の鏡が、私の疲弊しきった顔を忠実に映し出す。
倉持修が現れるタイミングはいつも都合が悪いようで、あまりにも都合が良すぎる。
高校一年の時、先生が新しい席順を発表した。徹夜続きで顔中にニキビができていた私は、倉持修の隣の席になった。
丸一週間、私たちはお互いに沈黙を守り、何の交流もなかった。
ある日の休み時間、数人の女子が倉持修を取り囲んで騒いでいた。そのうちの一人が、誤って私の教科書の上にのしかかった。
「森川くん、私たちと席代わってくれない?」
その女子は単刀直入に要求し、教室中の視線がこちらに集まった。
私が黙って教科書を片付け、立ち上がろうとした瞬間、手首を誰かに掴まれた。
「代わらない」
倉持修の声は大きくはなかったが、異様にはっきりと聞こえた。
彼は私をそっと席に押し戻すと、何事もなかったかのように後ろの席の生徒と会話を続け、平然としていた。
彼の耳が、淡いピンク色から爆発しそうなほど真っ赤に染まっていくのに気づいたのは、私だけだった。
桜井隼は知らない。私の接触恐怖症は誰に対しても発症するが、倉持修に対してだけは、発症しないということを。
「——ティン」
エレベーターが一階に到着するチャイムが、私を現実に引き戻した。通路のドアを押し開けると、肌を刺すような冷たい夜風が吹き付けてくる。
彼は、そこにいた。
倉持修は黒いバイクに寄りかかり、ヘルメットを被ったまま、小雪の舞う中で待っていた。
初雪が彼の肩にそっと降り積もり、街灯の光を受けてきらめいている。
桜井隼とあまりに長く一緒にいたせいか、時々、自分も相当おかしいのだと気づくことがある。
例えばこの瞬間、私は倉持修と駆け落ちしたい、あるいは彼を完全に独占したいと思っている。
「森川」
彼はヘルメットを脱いだ。その声は、電話越しよりもさらに鮮明だった。
「どうして、来たの?」
私はその場に立ち尽くし、近づけずにいた。
「『光の舞』についてだが」
倉持修は私を直視した。
「君はこの映画には向いていない」
私は呆然とした。
彼が午前四時半に私のマンションまで来たのは、オーディションを断るためだけだったというのか?
「君の容姿や雰囲気は役柄の設定と合わないし、演技も専門的な指導が必要だ」
彼の口調は淡々としていて、まるで客観的な事実を述べているかのようだった。
私は口を開いたが、何を言えばいいのか分からなかった。
倉持修はポケットからスマートフォンを取り出した。画面には、私が彼に送ったLINEのメッセージが表示されている。
「『彼』とは誰だ?」
彼の声は穏やかだったが、その眼差しには探るような色があった。
「私の夫、桜井隼」
私は答えた。
彼の眉がわずかに顰められた。
「君は桜井隼と結婚したのか?」
「知らなかったの?」
「知らなかった」
彼は首を振った。
「あのメッセージは、本来誰に送るはずだったんだ?」
「私のマネージャーの、田中恵」
「桜井隼は君が芸能活動を続けることに反対しているのか?」
私は頷いた。
倉持修の眼差しが、真剣で確固たるものに変わる。雪が彼の睫毛に舞い落ち、瞬きと共に溶けていった。
「いつ離婚するつもりだ?」
彼は唐突に尋ねた。
その問いに、私は不意を突かれた。
「……え?」
「俺のプロジェクトに、既婚の女優は使わない」
彼の口調には、有無を言わせぬ響きがあった。
「考えます。でも、処理するのに少し時間が……」
私の声は微かに震えていた。
倉持修はバイクの収納ボックスから、丁寧に保護されたファイルと一枚のディスクを取り出し、私に手渡した。
「これは、君の雰囲気に合わせて特別にデザインした、極秘プロジェクト『抜け殻』の監督用絵コンテとテスト撮影の映像だ」
私はそれを受け取った。指が微かに震える。
「私のために、デザインした……?」
「俺が直々に君の演技を指導して、本物の女優にしてやる」
彼の声が、雪の夜にことのほかはっきりと響いた。
「アキ、俺は君を待てる」
雪の結晶が、彼の睫毛に舞い落ちる。それはまるで、何かの宿命的な印のようだった。
