私が兄と結婚したっていうのに、どうしてあの人は私を愛してくるの?

私が兄と結婚したっていうのに、どうしてあの人は私を愛してくるの?

渡り雨 · 完結 · 24.5k 文字

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紹介

東京国際映画祭の授賞式。壇上の新鋭監督が、私にプロポーズした。

中継カメラが、観客席にいる私をそっと映し出す。

そして、私の隣に座る人物——世間に知られていない私の元夫、国民的俳優の姿をも、何気なく捉えてしまった。

無数のフラッシュの中、彼は完璧な姿を崩さず、優雅に拍手を送りながら、低い声で囁く。

「ねえ、プロポーズだって。感動的な瞬間じゃないか」

チャプター 1

私の夫、桜井隼は、私の兄さんだ。

もっとも、私たちに血の繋がりはない。

十五年前、私の母が桜井隼の元々完璧だった家庭に介入した。

母は鋭い刃物のようにその家をずたずたに切り裂き、桜井家の財産を巻き上げてから、姿を消した。

母は私を連れて行かなかった。

義父が再婚した後、私を児童養護施設に送ろうとしたが、桜井隼が私を引き留めた。

「彼女を送る必要はないよ」

彼は父さんに静かに言った。

「どうせ、ずっと同じ戸籍なんだから」

私たちはただの兄妹関係だと思っていた。

私が法定結婚年齢に達したその日、彼は私を連れて婚姻届を提出しに行った。

同じ時に、彼は大手芸能事務所と契約し、映画界で頭角を現した。

同級生と街を歩いていると、彼女が彼の巨大な広告を指して褒めそやした。

「桜井隼って、本当に格好良いよね!」

「芸能界でも、感情が安定していて、誰にでも優雅で丁寧だって評判だよ。怒ったことが一度もない、理想の仕事相手なんだって」

私は広告看板に写るその完璧な顔を黙って見つめ、何もコメントしなかった。

私たちの関係を知る者は誰もいない。

夜十時五分、私はマンションに帰宅した。

マンションの中は真っ暗だった。

「五分遅い」

桜井隼の声が暗闇の中から聞こえてきた。平坦で、それでいて氷のように冷たい。

「ごめんなさい、電車が遅れて」私は小声で説明した。

「誰と出かけてた?」

彼は立ち上がろうともせず、ソファに座ったまま、有無を言わせぬ詰問口調で続ける。

「学校の友達と」

桜井隼は立ち上がり、私の方へ歩み寄ってきた。彼は私のスマホをひったくると、手慣れた様子でパスワードを入力して中身を改め始めた。

私は彼に近寄り、シャツの第一ボタンを外そうとする。

「やめろ」

彼は私を乱暴に突き放した。

「俺は変態じゃない。妹にこんなことはしない」

私は言った。

「でも、妹と結婚はするのね」

「お前と結婚したのが、愛してるとでも思ったか?」

桜井隼は鼻で笑った。

「お前も、お前の母親と同じで下衆で、取るに足らない存在だ。お前が愛されることなんてあるものか」

彼は私の手を振り払い、スマホを私に投げつけた。私は避けきれず、背後のコーヒーテーブルにぶつかった。

ガラスが音を立てて砕け、破片が私の腕を切り裂いた。

私はスマホを拾い上げた。

「俺から離れて、誰がお前を欲しがると思う?」

彼は私を見下ろした。

「お前は何者でもない」

私のスマホが不意に一度震え、画面が光った。私は素早くスマホを裏返し、画面を隠す。

「兄さん、機嫌を損ねないで。私、言うことを聞くから」

私はうつむき、従順に言った。

桜井隼の表情がふっと和らぎ、彼は屈み込むと、戸棚から救急箱を取り出し、丁寧に私の傷を手当てし始めた。

「これからは夜十時までに帰宅しろ。ミニスカートは禁止だ。他の男と接触するな」

彼の口調は優しくなり、まるで先ほどの激昂がなかったかのようだ。

「お前のためを思って言ってるんだ、アキ」

「泊まっていってくれる?兄さん」

私は彼に尋ねた。

彼は救急箱を片付け、立ち上がる。

「まだ仕事がある。泊まれない」

ドアが閉まった後、私はようやくスマホを見た。画面には、知らない番号からのLINEメッセージが一件。

私は深呼吸をして、返信した。

【彼、帰ったわ。上がってきていいよ】

——

兄さんは、私が重度の接触恐怖症を患っていることを知らない。

簡単に言えば、私は触れられることを渇望しているのに、接触を恐れている。発作が起きると、自分でも抑えきれずに取り乱して泣き叫び、一睡もできなくなるのだ。

精神科医は、幼少期の愛情欠如と関係があるかもしれないと言った。

私は兄さんに助けを求めることにした。私を引き留めてくれたのは彼だけで、私を愛してくれる唯一の人だったから。

「兄さん、眠れないの。一緒に寝てもいい?」

私は彼の部屋のドアの前に立ち、蚊の鳴くような声で言った。

桜井隼は顔を上げ、冷たい視線で私の顔を一瞥した。

「何を馬鹿なことを。二度とそんな考えは起こすな」

私が踵を返して去ろうとすると、彼が呼び止めるのが聞こえた。

「森川」

振り返ると、彼の口元には嘲るような笑みが浮かんでいた。

「お前に一度触れてやるだけで楽になるんだと?ずいぶんと安っぽいな。お前みたいな取るに足らない女に、誰が好き好んで触れてくれると思う?」

兄さんの言う通りだ。

母も、同じように私を罵ったことがある。

幼い頃、母に一度抱きしめてほしかっただけなのに、叔父さんとのデートの邪魔をしてしまったことがある。

彼女は陰で私を罵った。

「恥知らずな子。女としての慎みや礼儀も知らないの?どんな小細工を弄してるのよ!」

彼らは皆、私が愛されるに値しないと思っている。

どうしてだろう。

私は隣の席の同級生に尋ねた。

「倉持くん、もし私が倉持くんのことをすごくすごく大切に思っていたら、私を抱きしめてくれる?」

教室は一瞬で静まり返り、それからひそひそ話が始まった。

「森川が倉持に声かけるなんて」

「自分のこと、何様だと思ってんのかね」

「身の程知らず……」

倉持修は数秒真剣に考え、それから言った。

「今は、適切な時じゃない。ごめん」

私の質問に真面目に答えてくれた最初の人間だった。私は嬉しかった。

その後、倉持修は自身で脚本・監督を手がけた学生短編映画『夏の終章』で日本のインディーズ映画祭で注目を集め、続いて有名監督のスタジオでインターンシップの機会を得た。彼は京都を離れ、東京でキャリアをスタートさせた。

彼の前途は洋々としていて、まるで空の太陽のようだった。

太陽を嫌いな人なんているだろうか。だから私は、彼からほんの少しばかり影響を受けて、東京映画学院を受験した。

桜井隼はそれを知って、少し意外そうな顔をした。

「なぜその道を選んだ?」

だが、すぐに推測した。

「俺の背中を追いたくなったか?」

私は彼に嘘をついた。

「うん。兄さんの近くにいたいから」

彼は満足げに頷いた。まるで私の全ての秘密を掌握したかのように。

都合の良いことに、私も彼らの言うところの腹黒い女に成長していた。彼が私のことを全て理解した気になっている、その顔を見るのが好きだった。

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