第4章

 『抜け殻』のプロデューサーは微笑みながら私に手を差し伸べた。

「お久しぶりです、森川さん。前回お会いしたのは、映画学院の学生上映会でしたね」

 私は礼儀正しく頷き返したが、心の中ではこの中年男性の顔を必死に思い出そうとしていた。

 彼に見覚えは一切なかった。

 田中恵が私の隣に立ち、私の戸惑いを鋭く察してすぐに口を挟んだ。

「山田プロデューサーは本当に記憶力がよろしいのですね。あれはもう一年前のことですのに」

 プロデューサーの視線が私の上でしばし留まった後、単刀直入に本題に入った。

「『抜け殻』における親密なシーンについてですが、倉持監督がリアルな表現にこだわっておりまして、森川さんはお受けいただけますか」

 喉がキュッと締まるのを感じた。

 田中恵はすぐに問い返した。

「アングルなどで誤魔化すことは可能でしょうか?最近は様々な表現手法で同じ効果が得られますし」

 プロデューサーは笑って答えず、ただ私を見つめた。

「倉持監督はこの役の演技に高い要求をしています。我々も大いに期待しております」

「最善を尽くします」

 私は自分の声が妙に平坦なことに気づいた。

「私には少々困難な点もございますが、これが唯一のチャンスかもしれませんので」

「困難、ですか」

 プロデューサーは眉を上げた。

「私、接触恐怖症なんです」

 私は小声で言った。

「ですが、克服します」

 プロデューサーは何か考えるように頷いた。

「では、試しに演じてみましょうか。ちょうど今日、『映画スター』の桜井隼さんもいらっしゃいますので、彼と相手役を」

 まずい。

 私の心は急激に沈んでいった。私は尋ねる。

「彼は『光の舞』のオーディションでは?相手役は難しいのでは」

 プロデューサーは私をオーディション会場へと連れて行きながら言った。

「関係ありませんよ。監督はどちらも倉持監督ですから」

 私はオーディションスタジオの外で桜井隼のマネージャーと、そして中島ミキを見かけた。

 中島ミキは、私がかつて桜井隼のために買ったチャコールグレーのデザイナーズコートを身にまとっていた。桜井隼は親密に彼女の肩に手を回し、まるで何か貴重なものを守るかのように、その体で彼女を庇っていた。

 中島ミキの視線を追って、彼は私に気づき、わずかに眉をひそめた。そして、気だるそうに携帯を取り出して文字を打ち始めた。

 私の携帯が一度震えた。桜井隼からのメッセージだった。

『お前、ここで何してる』

 私は返信せず、携帯をポケットに戻した。

「森川さん、五分後、あなたの番です」

 スタッフがやってきて、私に台本の束を手渡した。

「これが今日のオーディションの抜粋です」

「ありがとうございます」

 私は台本を受け取った。

「倉持監督は?」

 私は尋ねた。

「今日は少し熱があるそうで、今は現場にはいらっしゃいません」

 スタッフは答えた。

 オーディションスタジオに入ろうとしたその時、手首を不意に強い力で引かれた。いつの間にか桜井隼が私の背後に立っていた。彼は私を廊下の突き当たりまで力ずくで引きずっていき、非常口を押し開け、スタジオの外の雪の中へと連れ出した。

「森川アキ、お前、俺が何も気づかないとでも思っているのか」

 彼の声は骨身に染みるほど冷たかった。

「俺のコネを利用して、こっそりオーディションを受けに来たのか」

「あなたのコネは使っていません」

 私ははっきり言った。

 桜井隼の眼差しはさらに冷酷になった。

「お前ごときに『光の舞』を演じる実力があると本気で思っているのか?倉持修はただ俺の顔を立てて——」

「そうですか」

 私は彼の言葉を遮った。

「では、なぜそんなに焦っているのですか」

「お前みたいな人間は、俺以外、誰にも触れられないだろう」

 彼は嘲るように笑った。

「それでどうやって芝居をするんだ」

「それは私が考えるべきことです。なんとかします」

 彼は何かを察したようだった。声に怒りを押し殺している。

「お前、芸能事務所と契約したのか」

「どういう立場で私を問い詰めているのですか?お兄さんとして、それとも夫として」

 私は彼の目をまっすぐに見つめた。

 遠くに中島ミキが立っているのが見えた。彼女の視線が私たちの間をさまよっている。その身には、雪一ひらも落ちていない。

 桜井隼は彼女をとても気にしているようだった。

 彼は答えなかった。私は悟った。

「お兄さん、ご心配ありがとうございます」

桜井隼は忌々しげに私を突き飛ばした。私はよろめいて数歩後ずさり、もう少しで倒れるところだった。その時、後ろから伸びてきた手が私の肩を支えた。

「危ない」

 倉持修の声だった。

 私は驚いて振り返ると、倉持修が背後に立っていた。彼の顔色は少し青白かったが、眼差しは変わらずに力強かった。

 私たちの体が束の間触れ合ったが、恐怖反応は起きなかった。

「倉持監督、もっと休んでいないと」

 いつの間にかプロデューサーも出てきて、気遣わしげに言った。

 桜井隼の視線が、私と倉持修の間を行き来した。

「お前たち、知り合いか」

「いいえ、今日初めてお会いしました」

 私は即座に答えた。

 桜井隼は目を細めた。明らかに私の言葉を信じていない。

「こいつがお前に触った」

 彼が私に触れた。なのに、私は何の反応も示さなかった。

「あれはただの事故です」

 桜井隼は前に進み出て、わざと倉持修が先ほど触れた私の肩の同じ場所に手を被せ、ぐっと力を込めて握りしめた。

「お兄さん、私たちの番よ」

 中島ミキが焦ったように彼を呼んだ。

「時間を無駄にしないで」

 彼女は彼をお兄さんと呼んでいる。

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