第7章

「言っただろ。本川西子は死なねえ。俺とあいつがどういう関係だろうが、今回の事件とは関係ない!」

藤原浩史は、逆上しかけた声で吐き捨てた。

「藤原さん、捜査にはご協力ください。警察の妨げになるようなことはやめていただけますか」

警察官の眉間に、露骨な不快感が寄る。

私はその横で、くすりと笑って若い警官に声をかけた。

「言えるわけないよね。自分の妹に、どんな汚いことをしてきたかなんて……」

「隊長! ブレスレットに付着していた血液と皮膚組織、鑑定結果が出ました。遺体とは別人のものです。DNA鑑定、別の被害女性――本川西子のものと一致しました!」

「本川西子は……高い確率で、何かあったと見ていい」

藤原浩史は両手をぎゅっと握りしめ、それでも私の死を認めない。

「頭のいい女だ。わざと謎めかせてるだけだろ」

藤原浩史を見つめるたび、失望が積み重なっていく。やがて、胸の奥が冷えて、灰になった。

「藤原さん。あなたの引き延ばしと非協力で、救助のタイミングを逃す可能性があります。本川西子が本当に犯人に連れ去られているなら、助けを待つ時間は――相当、絶望的です」

その言葉に、私は思わず目の奥が熱くなった。

正しい。

私が意識を保っていた時間から、死に落ちるまで。あの間に、どれほどの絶望を味わったか、誰も知らない。

警察が早く私を見つけてくれますように。藤原浩史が早く助けに来ますように。

何度も、何度も祈った。

それなのに最後には――藤原浩史という人間を思い浮かべるだけで、心臓のあたりがずきりと痛んだ。

ブブッ。

藤原浩史のスマホが震える。

相手は白野恵美だった。

『浩史! 西子を見た! 夜バーにいる!』

藤原浩史が固まって、警察を見る。

警官も同僚に目配せし、声を張った。

「夜バーへ!」

私は慌てて前に出て、必死に止めようとする。

「行かないで……行かないで! 白野恵美はわざとだよ。わざとあなたたちを振り回して、目くらまししてる。私の遺体を見つけられたくないから!」

「信じないで……信じないで!」

叫んでも、誰の耳にも届かない。

藤原浩史は白野恵美を疑いもしない。深夜に彼女が夜バーへ行った理由すら、聞かなかった。

私は藤原浩史の背に張りつくようにしてついていく。

その途中、彼が私を罵る声が聞こえた。

「本川西子! 見つけたらただじゃ済まねえ!」

捕まえたら殺す、とでも言いそうな口ぶりだった。

残念。もう、そんな機会は来ないのに。

……

夜バー。

刑事たちは私服で、藤原浩史とともに白野恵美を見つけた。

「外で雷が鳴ってて怖くて……あなたがいないから探しに出たの。そしたら西子が一人で、こそこそ夜バーに入っていくのが見えたのよ。人が多くて、見失っちゃって……」

白野恵美はしゃくり上げるように言う。

藤原浩史はすぐに彼女を抱き寄せた。

「もう大丈夫だ。大丈夫」

刑事が意味ありげに白野恵美を一瞥し、店内へ入る。

だが一晩探しても、手がかりは何ひとつ出てこなかった。

私は若い警官の後ろを漂いながら、ため息をつく。

「警察って大変だね。こんな時間まで……人に踊らされて」

「止まれ!」

路地の奥から、背の高い影が出てきた。フード付きのパーカー。頭を伏せたまま、すっと通り過ぎようとする。

警官が呼び止めると、相手はさらに速く走った。

複数の警官が一気に追い、地面に押さえつける。

「哲様、このガキ――」

夜バーの裏手で、私はまた、あの顔を見た。

全身が凍りつき、反射的に後ずさる。

死んだはずなのに、それでも恐怖が消えない。

芸能人にも負けない整った顔立ち。血の気のない白い肌。息をのむほど綺麗で――

だけど中身は、狂ってる。異常者。殺人犯。

「こんな時間に、なんで逃げる」

警官が男の脇腹を蹴る。

男は、押さえつけられたまま――私のいる方向を、じっと見据えた。

私は口を押さえる。喉がひゅっと鳴った。

……見えてる?

この男、私が見えてるの?

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