第2章

「私が芸能界からの引退を発表する半年前、癌と診断されました。その時はまだ、一種類の癌だけでした」

私はまるで他人の物語を語るかのように、落ち着いた口調でカメラに向かって述べた。

まばらになった自分の髪を撫でながら、私は言葉を続ける。

「医師からは治療すれば希望はあると告げられましたが、後になってそれが優しい嘘だったと知りました」

「幼馴染みの中島慎人に協力してもらい、『不倫』の芝居を演じてもらったんです。目的は単純で、元夫の高橋崇之を解放するためでした」

「高橋崇之は有名な企業グループの社長ですが、私に対してあまりにも一途すぎるんです。もし私が病気だと知ったら、きっと片時も離れずそばにいてくれるでしょう」

玲子の目が赤くなる。

「どうして高橋社長に本当のことを言わなかったんですか? 彼には知る権利があります」

私は首を横に振り、微笑んで言った。

「死んでいく過程はとても苦しいものです。彼を巻き込んで一緒に苦しむ必要なんてないでしょう? これは私一人の旅路なんです」

「高橋社長、新しいお付き合いの方がいるようだと伺いました」玲子が慎重に私の反応を窺う。

「それは良かった」

私は心から言った。

「彼はもっと良い人生を送るべき人です」

以前、崇之に冗談で言ったことがある。もし新しい彼女でも作ったら、脚を折ってやると。その時彼は笑って、僕を束縛しすぎだと言っていた。今となっては、手を放すのも案外簡単なものだ。

ガイドがドアをノックして入ってきて、私の回想を遮った。

「星野さん、明日の富士登山のスケジュールについて、いくつか詳細を確認させてください」

彼は登山計画を詳しく説明した。

『明日は五合目から登山を開始し、その晩は山小屋で休息を取ります。翌日の未明に出発して山頂でご来光を拝む予定です。山は寒暖差が激しいので、必ず防寒具と十分な水分をご準備ください』

私は頷き、彼の忠告に感謝した。

ガイドが去った後、玲子が心配そうに私を見つめる。

「明日さん、本当にやるんですか? あなたの体調では……」

「心配しないで、お医者さんには相談済みだから」

私は彼女を慰めた。

「それよりあなたの方こそ、登山に付き合わせるのは無理をさせていないか心配よ」

玲子は首を横に振った。

「自分の体力は自分で分かっています。限界を超えるようなことはしません」

翌日、私たちは未明に出発し、富士山の六合目へと向かい始めた。山道は想像以上に険しかったが、空気は心が洗われるほど清々しい。玲子は常に私のそばを歩き、時折休憩が必要か尋ねてくれた。標高が徐々に上がるにつれても、私たちの体調はどちらも悪くなく、予想以上に順応できていた。

最初の一筋の陽光が雲海から昇り、富士山を照らした時、私は思わず両腕を広げ、玲子にこの瞬間を撮ってもらった。

「できることなら、私のことなんて忘れて!」「高橋崇之、あなたの代わりに私が来たから、あなたはもう来なくていい!」

私は朝焼けに向かって大声で叫んだ。その声は谷間に響き渡り、まるで東京のどこかの片隅まで届くかのようだった。

登山中、私たちは多くの敬虔な登山者と出会い、彼らが山頂の神社で祈りを捧げるのを目にした。私たちもまた、山頂での突然の冷え込みを経験し、山小屋の質素な食事を味わい、混み合った雑魚寝の部屋で眠った。

二日間で、私たちは富士山登頂という願いを叶えた。

帰りの車中、私は今回の旅を総括してカメラに語りかける。

「最初の計画では、高橋崇之と一緒に来たかったんです」

「その後、病気になってからは、一人でこっそり来て、この場所で命を終えようとだけ考えていました。富士山の火口で死ぬか、山頂の雪の中で死ぬか、あるいは登山の途中で死ぬか、と」

玲子が驚いた顔で私を見る。

「でも今は、なんだか死にたくなくなりました」

私は笑みを浮かべた。

「残された時間、ちゃんと生きていたいって思うんです」

「明日さん、一つ目の願いに心残りはありますか?」

玲子が尋ねた。

私は少し黙り込み、そして認めた。

「両親には嘘をつきました。自分が病気だってことを伝えていません。今も、新しいドラマの仕事が入って、富士山にロケ撮影に来ていると騙しているんです」

「ごめんなさい」

玲子はカメラを止め、そっと私の手を握った。

窓の外では、富士山の輪郭が次第に地平線の向こうへと消えていく。そして私の最初の願いは、もう果たされていた。

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