第2章

 音楽が唐突に止んだ。

 喧騒に包まれていた宴会場は瞬時に静まり返り、全員の視線が入り口の警官たちに集中した。

 先頭に立つ警部の表情は険しく、鋭い視線で会場を一巡すると、最終的に神宮寺直方の姿を捉えた。

「神宮寺直方氏は、どちらにいらっしゃいますか」

 神宮寺直方は眉をひそめ、グラスを置いた。狼狽するどころか、支配者特有の不快感を露わにする。

「私だ。何用かね」

 私はふわりと降り立ち、警官のそばに立った。

 彼らが何をしに来たのか、私にはわかっている。

 私の遺体が、見つかったのだ。

「神宮寺さん、奥様の小林知遥さんのことですが……」

 警部は言葉を選びあぐねているようだった。

 神宮寺直方は鼻で笑い、その言葉を遮った。

「なんだ? あいつ、私を折れさせるために警察まで呼んだのか? 言っておくが、そんな狂言は通用しない。戻りたければ自分で這って戻ってこいと伝えろ」

 周囲からざわめきが起こる。

 渡辺弥は神宮寺直方に寄り添い、腕を絡めながら猫なで声を出した。

「お巡りさん、知遥さんに何かあったんですか? 少し頑固な人ですけど、公共の機関を使って悪ふざけをするような人じゃありませんわ」

 警部の眉間の皺が深くなり、その目に信じ難いものを見るような色が混じった。

 その眼差しの意味を、私は知っている。人間のクズを見る目だ。

「神宮寺さん」

 警部の声が低くなり、冷徹な響きを帯びた。

「最後に小林知遥さんに会われたのは、いつですか」

 神宮寺直方は面倒くさそうにスマートフォンを一瞥した。

「一週間前だ。それがどうした、失踪届でも出していたか?」

「一週間前……」

 警部はその言葉を反芻し、ファイルから一枚の写真を取り出して裏返しにテーブルへ置いた。

「この一週間、あなたからの通報もなく、関連する電話にも一切出られなかったため、身元の確認に時間を要しました」

 神宮寺直方の動きが止まった。

 彼もようやく、微かな違和感に気づいたようだ。

 空気に漂う血の匂いと重苦しい圧迫感が、彼の傲慢な殻を突き破り始めていた。

「どういう意味だ」

 神宮寺直方の声のトーンが落ちる。

 私は彼を見つめながら、胸のすくような思いを抱いていた。

 神宮寺直方、やっと知ることになるのね。

「三日前、月影区の廃倉庫で女性の遺体が発見されました」

 警部の口調は事務的で感情が削ぎ落とされていたが、それゆえに重い槌のように響いた。

「遺体の損傷は激しいものでしたが、指紋照合の結果、あなたの妻、小林知遥さんと確認されました」

 ガシャーン――。

 渡辺弥の手からグラスが滑り落ち、床で粉々に砕け散った。

 赤ワインが彼女の白いドレスに飛び散る様は、あの日私が流した血によく似ていた。

 神宮寺直方は動かなかった。

 言葉の意味を理解できないかのように、その場に硬直している。不機嫌だった表情が、滑稽なほどの空白へと変わっていく。

「なにを……言っている?」

「小林知遥さんは殺害されました。遺体の確認のため、署までご同行願います」

 静寂。

 死のような静寂。

 私は神宮寺直方の目の前まで漂い、顔を近づけた。

 かつて私をゴミのように扱った男が、私の死を知った瞬間にどんな顔をするのか、見てやりたかった。

 彼は瞬きをし、瞳孔を激しく収縮させた。

そして、笑った。

 泣くよりも酷い、歪んだ笑みだった。

「冗談も休み休み言え」

 神宮寺直方は入り口を指差した。

「小林知遥が? 死んだ? あの女は痛がりなんだぞ。指先を切っただけで大騒ぎして泣くような女が、死ぬなんてことできるわけがない」

「これもあいつの仕込みだろう? 私に迎えに来させるために? 弥の誕生日を台無しにするために?」

 彼は猛然とスマートフォンを取り出し、震える指で私の番号をダイヤルした。

『トゥルルルル……』

 呼び出し音が鳴った。

 だが、その音は警察官が持つ証拠品袋の中から響いていた。

 それは私の携帯電話。画面は砕け、乾いた血がこびりついている。

 神宮寺直方の視線がゆっくりと下がり、その証拠品袋に釘付けになった。

 画面には文字が点滅している。

【大好きな直方】

 それは彼への登録名であり、私が生前最後にかけようとして、繋がらなかった番号だった。

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