第120章 田中さんが辞める

田中さんは、まさか彼女がいきなり手を出してくるなんて露ほども思っていなかった。ぱちん、と乾いた音がして、顔が横へ弾かれる。半分の頬が瞬時にひりつき、口の端にはうっすらと鉄の味まで滲んだ。

頬を押さえ、田中さんは信じられないという顔で須藤唯を見上げる。濁った瞳の奥に、どろりとした怒りが燃えた。

旦那様も奥様も、彼女にはいつだって寛大だった。理由もなく手を上げられたことなど一度もない。――この須藤唯、正気じゃないのか。

「……あ、あなた……人を殴るなんて……」

声が震える。腕の中の太郎も、田中さんが辱められたのを感じ取ったのか、力の入らない手を伸ばして、田中さんの袖を掴もうとした。

胸...

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