第68章 彼女を放せ

その一言は、薄井礼央の面子を一ミリも立てなかった。

世間の目には、薄井礼央は雲の上の社長だ。だが名取佳奈にとっては――責任だけを背負ったまま、もうすぐ離婚する夫。それだけ。

周囲が息を呑む。名取佳奈が薄井礼央に、ここまで露骨に刺を向けるとは思っていなかったのだ。

さっきまで彼女は、誰に対しても柔らかく応じていた。なのに薄井礼央にだけは、最初から最後まで真っ向勝負。

夫婦なのに?

こんなに仲が悪いのか?

薄井礼央は怒らなかった。名取佳奈がビール瓶を手に取ったのを見るなり、先に手を伸ばしてそれを奪い取る。声音には、どこか諦めにも似た無奈が滲む。

「酒は体に良くない。やめておけ。……...

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