第88章 須藤唯のために来た

彼が来ようが来まいが、彼女にとっては何ひとつ変わらない。

最初から、助けを期待したことなどない。

次の瞬間、階下から薄井礼央の冷ややかで断固とした声が響いた。吹き抜けの階段室をまっすぐ貫き、8階の部屋にまで届く。

「金は持ってきた。1円も欠けてない。今すぐ須藤唯を放せ。こっちは安全に受け取れるようにしてやる。余計な真似はしない」

――須藤唯を放せ。

たったそれだけの言葉。普通なら胸が裂ける。泣きたくもなる。

けれど名取佳奈の耳には、驚くほど自然に落ちてきた。

薄井礼央の心にいるのは、いつだって須藤唯だけ。

この結婚は、始まった時点で間違っていたのだ。

隣の須藤唯は、その一言...

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