第90章 彼は別の人を選んだ

予想していたような血みどろの惨事は起きなかった。名取佳奈が落ちたのは、階下にある放棄された工事現場の砂山だった。

ふかふかの砂が衝撃を吸い、彼女はよろめきながら砂に埋もれただけで済む。重傷はない。腕と脚をガラス片で数カ所切り、じわりと血が滲んだが、致命的なものではなかった。

――賭けに勝った。

誘拐犯に廊下を引きずられ、窓際へ近づいたときから、佳奈は階下の砂山に気づいていた。位置を頭に叩き込み、ただひたすら待った。たった一筋の生存の目を。

そして今、その一筋を掴み取ったのだ。

佳奈は痛みなど構っていられず、砂山から這い出る。両手は縄で縛られたまま。動きづらい。彼女は歯をむき、手首の...

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