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仕事に戻れば立ち直れるはずだ、と自分に言い聞かせていた。理屈は単純。ハドリアンの気配が残る場所を避けること。数字と法律用語の世界に没頭すれば、たとえ束の間でも、心と頭の奥深くに巣食う疼くような痛みから逃れられる。そう思うと、かすかな高揚感さえ覚えた。フレイヤの忠告に背き、朝食後に銀行の本部へ向かうことにした。城壁がもたらす息苦しい重圧から、少しでも離れたかったのだ。

その決意は、建物の入り口をまたぐまでしか持たなかった。

中に足を踏み入れた瞬間、空気が変わったように感じた。めまいがして、体が震えた。一瞬のうちに、あの襲撃の忌まわしい光景が、鮮明に、執拗に、脳裏に蘇る。呼吸が速まり、不規則に...

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