第1章
腹の底をずしりと引き下ろす痛みに、江原朱美は目を覚ました。
反射的に床から起き上がろうとする。だが、身体がまるで動かない。
そこでようやく気づいた。
自分が全裸のまま、縛り上げられていることに。
しかも――思わず奥歯を噛みしめる。
それは、あまりにも屈辱的で、あまりにも淫らな姿勢だった。
両手は背中で麻縄に縛られ、乳首にはクリップ。脚は無理やり大きく開かれ、M字に固定されている。秘部はそのまま、空気の中へさらされていた。
冷えた空気が陰唇のあいだを撫でていくのがわかる。ぞくり、と震えが走る。
縄から手を引き抜こうともがいた。けれど、びくともしない。
結局、淫らな格好のまま周囲をうかがうしかなかった。
目の前は闇。黒いビロードのような布が四方に垂れ、光をすべて遮っているらしい。
そのときだ。
いくつもの足音が近づいてきた。続いて、誰かの話し声――笑い声まで混じっている。
次いで、鼻をつく異臭。
腐敗、汗、酒に酔ったような甘ったるさ……何が混ざっているのか、言葉にできない。ただ、吐き気だけがこみ上げる。けれど胃は空っぽで、吐きたくても吐けなかった。
ここはどこ?
どうして、こんなことに……?
藤原創は?
彼が差し出した牛乳を飲んだところまでは、はっきり覚えているのに――。
思考がまとまる前に、幕がばさりと開かれた。
突然の光に、江原朱美は思わず目を閉じる。
「うっわ、やべえ……綺麗すぎるだろ。このマンコ、形だけなら俺が見た中で一番だわ」
「しかも妊婦かよ。弄ったら最高にヤバそうだな」
……。
下卑た言葉だった。
怒りで全身がわなわなと震える。
この淫らな姿を、もう大勢に見られている。
絶望が喉を締めつけた。どうしてこんなことに? 藤原創はどこに――。
ようやく目が光に慣れ、ゆっくりとまぶたを開く。
最初に目へ飛び込んできたのは――夫、藤原創だった。
仕立てのいいスーツを隙なく着こなした男が、椅子に腰かけている。整った顔立ちは凍りついたように冷たく、こちらへ向ける視線はそれ以上に冷え切っていた。
その隣にも、背後にも、さまざまな男たち。
彼らの目には欲望と侮蔑がべったりと張りついている。
視界の端で、ようやく状況がつながった。
巨大な鳥籠。
自分はその中へ閉じ込められ、展示台の上に置かれている。しかも秘部がそのまま客席へ向くように。
夫は、その客席のど真ん中。
冷たい目で、ただ見下ろしていた。
――ここは、競売会場。
そう理解した瞬間、心が音を立てて崩れた。
藤原創の口元が、薄く歪む。
「目が覚めたか?」
声が震えた。
「藤原創……何をしてるの……私、あなたの子を……もう9か月なのよ……臨月なのに……!」
「腹に子がいる自覚はあるんだな」
藤原創は鼻で笑い、氷のような声で言い放つ。
「江原朱美。6人だか7人だか知らねえ男に股がって、雌犬みてえに『もっと』って腰振ってたときは、腹の子のことなんか一度でも考えたか?」
「違う! してない!」
信じられなかった。藤原創が、こんな言葉で自分を貶めるなんて。しかも、そんなことは一度だってしていない。
否定の声を待っていたかのように、藤原創は手元のリモコンを押した。
次の瞬間。
女の喘ぎ声が、会場いっぱいに響き渡る。
競売品を映し出す巨大スクリーンに、映像が流れた。
そこにいたのは、裸で、這うように跪き、膨らんだ腹をベッドへ押しつけた女。背後から太い男根が膣に出入りし、女は喉を反らし、口にも別の男根を咥えさせられている。頭を抱え込まれたまま腰を打ち込まれ、妊娠で張った乳房は別の男たちに弄ばれ、その上には乳交のあとらしい精液がこびりついていた。さらに、別の手が肛門へ指を差し込み、掻き回している。
顔にも、身体にも、体内にも、男の精がべったり。
淫らで、狂っていて、悪夢そのものだった。
江原朱美は目を見開いた。声が出ない。
「……違う……私じゃない……偽造よ……罠よ……江原幸子が――」
「また罠か?」
藤原創はぴしゃりと遮った。
「9か月前、俺のベッドに潜り込んだときも『薬を盛られた』って言ったな。お前のスマホからこの動画が出てきたときも『幸子が捏造した』って言った」
「江原朱美。お前のスマホから出たんだ。お前が気持ちよくなって、記念に撮らせた以外に、誰が撮れる?」
会場の男たちがどっと笑う。
「膣に入れてる奴、短すぎだろ。俺ならイかせすぎて白目剥かせるぜ」
そんな下卑た品定めまで飛び交った。
胸が痛くて、息ができない。
そうだ。彼が私を信じるはずがない。幼いころから寄り添い、何度も彼を救ってきた江原幸子が、実は腹の底まで黒い女だなんて、信じるはずがない。
「違う……本当に、はめられたの……あの夜も、薬を……」
力なく、同じ言葉を繰り返す。
この9か月、何度も、何度も言った。
けれど藤原創は一度たりとも信じなかった。
今も同じだ。
その顔には、あからさまな嫌悪すら浮かんでいる。
「はめられた? 藤原玄哉が記者を連れて、あんな都合よく現れて『お前が俺に犯された』って騒いだのも、はめられたって言うのか?」
「江原朱美。お前、よっぽどその婚約者が好きなんだな。助けたくて、自分から尻振って、雌犬みてえに俺に『抱いて』って懇願したんだろ」
「黙って!!」
ついに江原朱美は崩れ落ち、涙が頬を伝った。
藤原創は冷笑し、傍らの人間へ短く命じる。
ほどなくして、白衣の医師が3人、医療鞄を提げて入ってきた。後ろには助産師も続いている。
「何をするつもり!?」
悲鳴のように声が裏返る。
藤原創は冷淡に言った。
「遊ぶのが好きなら、腹に子がいるのは邪魔だろ」
そして医師たちへ視線を向ける。
「始めろ。麻酔は使うな。薬効が落ちる。幸子は待てない」
医師が一瞬ためらった。
「藤原さん……奥様は胎位がよくありません。このまま麻酔なしでは、持たない恐れが……」
「死にゃしない」
藤原創は切り捨てる。
「さっさとやれ。客が待ってる」
話しているあいだにも、腹の痛みは限界を超えていた。
もう藤原創の言葉をまともに追えない。耳に残るのは「麻酔なし」「江原幸子」「客」――その断片だけ。
私が子どもを産むことと、客に何の関係があるの?
激しい陣痛が、思考を奪っていく。
腹の中へ誰かが手を突っ込み、好き勝手に掻き回しているようだった。
もがくたび、縄が肉へ深く食い込む。
だがそんな痛み、陣痛に比べれば無に等しい。
――出てくる。
赤ん坊が、腹の中から。
身体が裂ける。
二つに引き裂かれるような痛みに叫び続け、最後には喉が裂けたみたいに声が掠れた。
「頭が出ました!」
助産師の声が飛ぶ。
「奥様! 力んで、もっと!」
さらに強烈な波。
また身体が裂ける――そしてはっきりと、子どもが身体の外へ抜けたのがわかった。
最後の力を振り絞り、獣のような声を絞り出す。
「オギャアッ」
産声。
「男の子です」
江原朱美は虚ろな目でそれを見た。
藤原創の顔は、嫌悪で歪んでいる。
「先に薬を幸子のところへ運べ」
意味がわからない。
江原朱美は必死に手を伸ばし、彼のズボンの裾を掴もうとした。
「藤原創……薬って、何……?」
藤原創の口角が、残忍に吊り上がる。
「江原朱美。俺がこのガキを産ませたのが、愛だとでも思ったか?」
「幸子は身体が弱い。生まれたての赤ん坊の心臓が、薬引きに必要なんだ」
「それがなきゃ、とっくにお前も藤原玄哉もまとめて地獄で再会させてた」
「だが安心しろ。この私生児を欲しがる連中は多い。今日の競売は――こいつのために用意した」
