第1章
目が覚めた瞬間、視界に飛び込んできたのは神宮寺凌だった。
温かい腕が私の腰をしっかりと抱きしめ、鼻先をくすぐるのは慣れ親しんだシダーウッドの香水。
神宮寺凌の唇が私の首筋を撫で、掠れた声で囁く。
「昨夜は眠れたか?」
私の身体は一瞬で強張ったが、すぐに無理やり力を抜いた。
「うん」
蚊の鳴くようなか細い声で、なんとか返事をする。
彼は満足げに私の耳元で小さく笑い、その修長の指で私の手の甲をなぞり、そして指を絡めてきた。
指の間から伝わる温度に逃げ出したくなるけれど、そんな勇気はない。
「今度は指輪、失くしてないだろうな?」
彼の声には、どこか面白がるような響きがあった。
私は視線を落とし、薬指にはめられた精巧な婚約指輪を見つめる。
これで、もう三つ目だ。
前の二つは、それぞれ冷蔵庫の冷凍室に隠したり、庭の池に投げ捨てたりした。
けれど、それらはいつも私の指に戻ってくる。この男がいつも私の人生に再び現れるのと同じように。
私は、かつて最も恐れていたこの人と結婚するのだ。
その認識が氷水のように全身に浴びせられ、思わず身震いした。
神宮寺凌——あの桜峰学園の生徒会室で私を辱め、音楽室で私を絶望させた悪魔が、今度は私の夫になる。
「シャワー、浴びてくる」
私は彼の腕から抜け出し、慌ててベッドを降りた。
「ああ」
彼はベッドのヘッドボードに身を預け、その深い瞳で私をずっと見つめている。
「あまり長く入るなよ。後で栄養茶を飲むのを忘れるな」
バスルームのドアが閉まった瞬間、私はやっと仮面を外すことができた。
シャワーヘッドから熱い湯が降り注ぎ、あっという間に空間は湯気で満たされる。
私はその水流の中に立ち、まるで全ての痕跡と記憶を洗い流そうとするかのように、熱湯が身体を打ちつけるのに任せた。
鏡は蒸気で曇ってぼやけているけれど、それでも自分の青白い顔と赤く腫れた目は見て取れた。
「莉音? ずいぶん長いな」
ドアの外から彼のノックする音が聞こえる。そこには微かな心配の色が滲んでいた。
「そろそろ出てこないと、入るぞ」
恐怖が電流のように全身を駆け巡り、私はすぐさま蛇口をひねり、乱暴にバスタオルを体に巻きつけた。
震える手は、ドアノブさえまともに掴めない。
バスルームを出ると、彼はダイニングで出かける準備なのか、カフスを整えていた。
ローテーブルの上には精巧な陶器の茶器が置かれ、一杯の淡い緑色の茶から湯気が立ち上っている。
濃いお茶。
毎朝、彼は私のためにこのお茶を淹れる。お茶はほのかな抹茶の香りがして、そこに何とも言えない薬草の匂いが混じっていた。
「まずお茶を飲んでから、朝食にしろ」
彼は私の視線に気づいて振り返り、あの見慣れた笑みを口元に浮かべて、穏やかに言った。
「どうした? 顔色が悪いぞ」
私は黙ってローテーブルへ向かい、座布団の上に跪く。
湯呑みは熱く、手に取ると自分の手がまだ震えていることに気づいた。
彼は私の向かいに腰を下ろし、その長い指で私の頬を撫でる。
「また、悪い夢でも見たか?」
私は首を横に振る。あの苦しい記憶を思い出したなんて、とても言えなかった。
「早く飲みなさい。冷めてしまうと良くないから」
彼の声はとても優しく柔らかで、記憶の中のあの残酷な少年とはまるで別人だ。
私は湯呑みを持ち上げた。お茶はちょうどいい温度だった。
一口飲むと、あの慣れ親しんだ苦味が舌の上に広がるが、すぐに淡い甘みに覆われた。
「今夜、ウェディングドレスを見に連れて行ってやる」
彼は身を屈め、私の額にキスを落とす。その温かい唇に、私は全身を震わせた。
「銀座のあの老舗を予約しておいた。お前のためにオーダーメイドで作ってくれる」
ドアが閉まる音と共に、静寂が部屋中を満たした。
私は栄養茶を少しずつ飲み続ける。意識が少しずつ曖昧になっていくのを感じた。
この感覚は奇妙だ——安心させられると同時に、恐怖も感じる。
このお茶を飲むたびに、私は今までにないほどの平穏を感じるが、同時に何かを失っていく……例えば、怒る能力とか、抵抗する勇気とか。
どうして彼なの? どうして神宮寺凌なの?
彼は私の教科書を三階の窓から投げ捨て、クラス全員を扇動して私を孤立させ、生徒会室で私にあんな恐ろしいことをした。
彼は神宮寺財閥の跡継ぎで、学校の医学棟も彼の一族が寄贈したものだから、誰も彼に逆らえなかった。
私をいじめることは、かつてクラスで最も流行った娯楽だった。
そして今、卒業して二年後、私を奈落の底に突き落としたこの悪魔が、私を娶ろうとしている。
お茶の効果が現れ始めている。あの強烈な恐怖と怒りがゆっくりと後退し、代わりに奇妙なほどの平穏が訪れる。
従順でいればいい。
それが、私が生き延びるための唯一の方法なのだ。
