第2章
銀座のウェディングドレスサロンは、まるで壮麗な宮殿のようだった。
私はベルベットのソファに腰掛け、ティーカップを固く握りしめながら、神宮寺凌がデザイナーたちとウェディングドレスのディテールについて熱心に議論しているのを眺めていた。
「レースはフランスからの輸入品を、パールは天然ものを。ベールは最低でも三メートルの長さで……」
彼の声が聞こえてくる。その一つ一つが彼の真心を物語っており、まるで私が本当に彼の大切な花嫁であるかのようだった。
「莉音様、こちらのデザインはいかがでしょうか?」
デザイナーが分厚いサンプルブックを抱えて私の元へやってきて、期待に満ちた眼差しを向ける。
それは純白のプリンセスラインのウェディングドレスで、幾重にも重なったレースが雲のように軽やかだった。かつて、こんなウェディングドレスは私の夢そのものだった。
けれど今、それは私に窒息感をもたらすだけだ。
「わたくし……お庭を少し、見てもよろしいでしょうか」
私はティーカップを置き、羽のように軽い声で言った。
神宮寺凌が顔を上げ、その深淵な瞳が私の顔を捉える。
「疲れたのか?」
私は頷き、急いで立ち上がって裏庭へと向かった。
彼がついてこなかったことに、私は少しだけ安堵の息を漏らす。
裏庭では色とりどりの薔薇が満開の時期を迎えており、そのむせ返るような香りに眩暈がしそうだった。私は石畳の小道に沿って歩きながら、混乱した思考を鎮めようと試みた。
池のほとりにあるガゼボで、私はようやく足を止めた。
逃げる。
その考えが、頭の中でますます鮮明になっていく。
けれど、どこへ逃げられるというのだろう?
母は私が彼と結婚することを望んでいる——神宮寺財閥の跡取りで、東京で最も若く有能な医師。母の目には、これが私の人生における最大の幸運と映っているのだ。
『莉音がいまどれだけ幸せか分かる? 凌君みたいな素晴らしい人がお嫁にもらってくれるなんて、夢でも見てるみたいで笑っちゃうわ』
背後から聞き覚えのある足音がして、私の肩が瞬時に強張った。
神宮寺凌が私の隣に腰を下ろし、その修長の指が私の手の甲を優しく撫でる。
「あのドレスは気に入らなかったか?」
私は何も言わず、ゆっくりと左手の袖をまくり上げた。
手首の内側に、三つの円い傷跡がはっきりと見て取れる。
煙草の火を押し付けられてできた痕だ。
「高校三年の時、あなたは言ったわね。私の体に、何か特別な印を残したいって」
私の声はとても穏やかで、自分でも恐ろしくなるほどだった。
神宮寺凌の顔色が、一瞬にして真っ白に変わる。
彼はその傷跡を凝視し、喉仏が上下に動いた。何かを言おうとしているのに、言葉が出てこないようだった。
やがて、彼はスーツのポケットから一本の煙草とライターを取り出した。
火が点けられた瞬間、彼が何をしようとしているのかを悟った。
彼は燃え盛る煙草の先端を、自身の左手首の内側に強く押し付けた。同じ場所、同じ力で。
空気中に、皮膚が焼ける焦げ臭い匂いが立ち込める。
彼の顔は痛みで歪んでいたが、その手は煙草の火が完全に消えるまで微動だにしなかった。
「莉音……」
彼は震える声で私を腕の中へと引き寄せた。傷口から滲み出た生温かい血液が、白いシャツの袖口を赤く染めていく。
「君の痛みを、少しでも俺に分けてもらえたらよかったのに」
彼を突き放したいのに、体は動かなかった。
彼の腕の中は温かく、その温もりに溺れてしまいそうになる。
「神宮寺凌」
私は彼の腕の中で囁いた。
「分かっているでしょう。その痛みは、あなたが私に与えたものだって」
「分かってる」
彼の声は震えていた。
「一生をかけて償う。一生でも足りないなら、来世でも続ける」
翌朝、彼はいつものように私の額に軽いキスを落としてから家を出た。
ドアが閉まった瞬間、私はテーブルの上にあった濃いお茶のカップを手に取り、テレビに向かって力任せに叩きつけた。
淡い緑色の液体が飛び散り、黒い画面にまだらな痕を残す。
「飲まない!」
私は誰もいない部屋に向かって咆哮した。
「もう二度とこんなもの、飲んだりしない!」
実を言うと、私は昔お茶が大好きだった。母が茶道の師範で、幼い頃からその傍らで手ほどきを受けていたからだ。
大学に行くまでは。
あれは、たしか茶道の授業中だった。もう、よく覚えていない。
私が一通りのお点前を終え、お茶碗を隣の学友にそっと差し出して味わってもらおうとした、その時。
「水谷莉音の茶は、ますます不味くなったな」
神宮寺凌が不意に口を開いた。彼は優雅にお茶碗を置き、私が最も恐れるあの笑みを唇に浮かべていた。
「会長、そんな言い方はあんまりですよ……」
誰かが小声で私を庇ってくれた。
「あんまり?」
彼は立ち上がって私の方へ歩み寄り、正座する私を見下ろした。
「なら皆に味わってもらおうじゃないか。俺の言っていることが正しいかどうか」
彼は私の目の前にあった鉄瓶を手に取ると、クラスの三十人以上の学友が見ている前で、熱いお湯を私の頭頂部から注いだ。
「あ——っ」
私は痛みに悲鳴を上げた。お湯の熱さが、皮膚を火傷させそうだった。
濃緑色の液体が私の髪や頬を伝い、真っ白な着物を濡らし、畳の上に深い染みを作る。
彼は空になった鉄瓶を私の前に置き直した。
「水谷莉音、お前は本当に汚いな」
茶道の先生は、汚された畳を見て眉をひそめるだけで、神宮寺凌に一言も注意しようとはしなかった。
周りの学友たちは、ある者は忍び笑いを漏らし、ある者は目を背け、誰一人として私のために口を開く者はいなかった。
私は濡れそぼった畳の上に跪き、茶葉の滓が髪にこびりつき、抹茶の苦い匂いが鼻腔を満たした。
それ以来、私はどんなお茶の味にも耐えられなくなった。
そして何より、神宮寺凌に耐えられなくなった。
執事は聞く耳を持たず、また新たにお茶を一杯運んできた。
私はそれを手に取り、再び壁に叩きつける。
磁器のカップが砕ける音が、静かな部屋にひときわ高く響き渡った。
そして私は、リビングの電話機の受話器を取った。
「はい、こちら神宮寺病院でございます」
電話の向こうから、恭しい声が聞こえる。
「神宮寺凌をお願いします」
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「彼の婚約者、水谷莉音です」
その肩書を口にした時、吐き気を覚えた。
「凌様はただいま朝礼を主宰されておりまして、わたくしは特助の田村と申します。何かご伝言はございますでしょうか?」
「伝言は結構です」
私は深く息を吸った。
「わたくしが、直接参りますので」
神宮寺病院は港区の一等地にあり、四十階建ての摩天楼が東京湾を背景にひときわ雄大にそびえ立っていた。
私は何にも遮られることなく、最上階までたどり着いた。
職員は皆、私の顔を知っている。私が未来の院長夫人であることを知っているのだ。
「莉音様、凌様はまだ会議室に……」
特助の田村が慌ててオフィスから飛び出してきて、私の行く手を阻もうとする。
だが、私はもう会議室の扉の前に立っていた。
ガラス張りの扉越しに、神宮寺凌がプロジェクターの前に立ち、医師の一団に向かって何かを説明しているのが見えた。
彼の左手首には包帯が巻かれている。昨日の傷が、まだ疼いているのだろうか。
私はドアノブに手をかけ、深く息を吸い込んだ。
そして、力強く扉を押し開けた。
会議室は一瞬にして静まり返り、全員の視線が私に集中する。
神宮寺凌が振り返り、その深淵な瞳に驚きがよぎった。
「莉音? どうしてここに?」
自分が何をしたいのか、分からなかった。
だが、私の体は意識よりも正直だった。
広大な会議テーブルの上には様々な資料と、いくつかの精巧な湯呑みが置かれている。
私は一気にそこまで歩み寄り、全員が驚愕する視線の中、神宮寺凌の前にあった、まだ湯気の立つ緑茶の湯呑みを手に取った。
「莉音、何をする気だ——」
彼の言葉が終わる前に、私は湯呑みの中身をすべて、彼の頭の上からぶちまけた。
淡い緑色の液体が彼の黒髪を伝い、高価なスーツを濡らし、茶葉の滓がその肩に散らばった。
