第3章
「東京中が俺を嘲笑ってやがる!」
洋佑は狂気じみた形相で私をソファーに押し倒すと、両手で首を締め上げてきた。
「大阪の平野の野郎までが言いやがったぞ。俺が手に入れたのは、誰かに散々使い古された中古品(ボロ)だってな!」
彼は野獣のように私のネグリジェを引き裂きにかかる。
「言えよ、この売女が。あの晩、一体何人の男に犯されたんだ?」
充血した彼の瞳を見つめながら、ワインセラーでの言葉が脳裏に蘇る。『彼女を娶らなければ、完全な家督は継げない』
私は努めて冷静に問いかけた。
「あの晩の血の誓いは、本当に私を愛していたから? それとも遺産のため?」
彼の瞳孔が収縮した。唇が弁解しようと動くが、体から力が抜け、ソファーに崩れ落ちる。
泥酔し、意識を手放した彼を見下ろしながら、私の心の中で何かが決まったような気がした。
部屋に戻り、扉を閉ざして、夜が明けるまで冷たい床に座り込んでいた。
手の中にある黒曜石の指輪は、骨まで凍みるほど冷たい。この血の誓いの指輪に、愛など最初から宿ってはいなかったのだ。
キッチンに入ると、階段の方から足音が聞こえてきた。
美保子がゆっくりと降りてくる。キャミソールの肩紐はずり落ち、髪は乱れている。
彼女は私を見つけると、わざとらしく腰に手を当て、情事の後の気怠さをアピールするような仕草を見せた。
「あら、ユリカさん。早起きねえ? 顔色が悪いわよ。殿方に可愛がってもらえなくて、随分経つんじゃない?」
彼女は口元に悪意に満ちた笑みを浮かべる。
キッチンにいた使用人たちがひそひそと話し始めた。
「やっぱり男なら、誰だって傷モノの女は嫌だよな」
美保子はその言葉を耳にし、堪えきれないといった様子で吹き出した。
彼女を避けてキッチンを出ようとしたが、素早く回り込まれ、行く手を阻まれる。
「不思議ねえ。結婚して随分経つのに、どうしてお腹に何の変化もないのかしら」彼女は無邪気を装って小首を傾げた。
「聞いたことあるわ。そういう……“乱暴なこと”をされた女の人って、体が壊れて妊娠できなくなることがあるんですって」
瞬間、怒りの炎が燃え上がった。
「出て行って! この恥知らずな泥棒猫!」
美保子の笑みはさらに深まり、勝ち誇ったように私の耳元で囁く。
「あんたごときが、私を泥棒猫呼ばわりできる身分?」
私が反応する間もなく、彼女は突然私の腕を掴んだ。
そして私の掌を無理やり使い、自分の頬を思い切り引っぱたいたのだ。爪が肌を裂き、血の筋が浮かぶ。
「きゃあ! 助けて、洋佑! この女が狂ったわ!」美保子は即座に悲鳴を上げた。
階段からドタドタと急ぐ足音が響き、駆け下りてきた洋佑が美保子の頬の赤い腫れを目にする。その目に激怒の炎が宿った。
問答無用で、彼の手が私の頬を打った。乾いた音がリビングに響き渡る。
「この狂人が! よくも俺の女に手を上げたな!」
火が出るような痛みが走り、耳の奥で耳鳴りがした。
洋佑はすでに背を向け、甘い声で美保子の頬を撫でている。
「ベイビー、俺がいるから怖くないぞ」
「私がいない間にいじめられていたのか?」今まで聞いたこともないほど優しい声だった。
「自分の身は自分で守れるようにならなきゃ駄目だ」
「だって彼女、力が強すぎて……私、避けられなくて」美保子がすすり泣く。
「なら、しつけが必要だな」洋佑は指で彼女の涙を拭うと、残酷な光を瞳に宿した。
「山田、佐々木。こいつを押さえろ」
二人の部下が躊躇なく飛びかかり、乱暴に私の腕を掴んでその場に縫い止める。
必死に抵抗したが、男の力には敵わず、身動き一つ取れなくなった。
「俺が教えてやる」洋佑は私の背後に回り、美保子の手を取った。その声は低く、支配欲に満ちている。
「こうやるんだ」
彼に操られるまま、美保子の掌が何度も何度も私の頬を打ち据える。一撃ごとに、彼の低い声が煽る。
「いいぞ、もっと強く」
パァン!
左頬に鋭い痛みが走り、私は奥歯を噛み締めたが、体の震えは止まらない。
「完璧だ。覚えが早いな」洋佑の声には、病的な満足感が滲んでいた。
「よし、もう一発」
パァン!
右頬が急速に腫れ上がり、痛みで息が詰まりそうになる。顔を背けて避けようとしたが、部下の拘束がきつく、全ての衝撃を受け止めるしかなかった。
打たれるたびに、洋佑の称賛の声が降ってくる。周りを取り囲む使用人たちは、まるで娯楽ショーでも見ているかのように囁き合っていた。
五回連続で平手打ちを食らい、口の端から血が滲み出してようやく、彼は「止め」をかけた。
「手を見せてくれ。怪我はないか?」洋佑は美保子の手を取り、赤くなった箇所を愛おしげに撫でる。
美保子は彼の胸に寄り添った。
「すごく痛かった……。私、人をぶったことなんてなかったもの」
「かわいそうな僕の天使」彼は彼女の掌に口づけを落とす。
「こういうことも学んでおかないとな」
私はまだ部下に押さえつけられたまま、顎から滴る血がカーペットに染みを作るのをただ見ていた。
洋佑は美保子の腰を抱いて二階へと向かう。振り返りもしない。
「こいつに氷を持ってこい。顔が腫れてる」
それだけだ。一片の気遣いも、一言の説明もなく。
消えていく二人の背中を見つめていると、美保子が振り返り、挑発的な視線を投げてきた。そして洋佑の耳元で何かを囁き、二人は愉悦に満ちた笑い声を上げた。
翌日の夕暮れ時、頬の青痣がまだ鮮明に残る中、階段の踊り場で二人の会話が聞こえてきた。
「今夜、特別なプライベートオークションがある」洋佑がカフスボタンを整えている。
「組織の核心メンバーしか参加できない。お前も来い」
美保子は彼の腕に絡みつき、猫なで声で言った。
「ユリカさんも連れて行くべきだと思うわ。だって彼女は林原家の『奥様』なんだもの、公の場には顔を出さないと」彼女は一拍置き、言葉を継ぐ。「それに、彼女のために特別なドレスを用意したの」
洋佑が眉を挑発的に上げる。
「どんな特別だ?」
「きっと気に入るわ。保証する……あの女の身分にぴったりよ」
一時間後、美保子がドレスの箱を持って私の部屋に入ってきた。
「これ、洋佑が直々にあなたのために選んだドレスよ」彼女は袋から金色のワンピースを取り出した。
「あなたの……“特質”を一番よく表現できるって」
私はその『ドレス』を見つめた。胸元は二枚の三角形の布切れだけで、首の後ろで結ぶリボン一本で辛うじて留まっている。腰も同様の紐結びのデザインだ。まるで、いつでも『開封』できる、丁寧に包装された贈答品のようだった。
「どう? お似合いでしょう?」美保子は自分の『傑作』をうっとりと眺めている。
私は拒絶したかったが、喉が張り付いて声が出ない。これ以上の反抗が招く結末を、身を持って知っているからだ。
着替えを済ませて鏡の前に立つと、そこに映っていたのは林原家の夫人ではなく、美しくラッピングされた見世物だった。
「出てきて見せろ」ドアの外から洋佑の声がする。
部屋を出ると、彼の視線が私の体を舐めるように這い回り、瞳孔がわずかに開いた。だが、すぐに冷淡な色に戻る。
「悪趣味だ。何を着ても、お前からは……下賤な匂いが消えないな」
地下クラブへ向かう高級車の中で、私は助手席に座らされ、洋佑と美保子は後部座席に陣取った。
駐車場に着くと、洋佑が唐突に言った。
「先に行ってろ。俺たちは後から行く」
私は不審に思いながらも車を降り、ハイヒールで入口へと向かった。だが、警備員に止められる。
ここは林原家最高ランクの会員制クラブ。幹部クラスの同伴がなければ入れない。
だから私は外で待つしかなかった。
一時間が過ぎ、ようやくエレベーターの扉が開く。洋佑と美保子が出てきた。彼のシャツのボタンはいくつか外れ、美保子の口紅は跡形もなく消え、その瞳には情事の後の陶酔が残っていた。
先ほど何が行われていたのかを瞬時に悟り、胃の底から吐き気が込み上げる。
「どうしてまだ入っていない」洋佑は襟元を直しながら、私を見ようともしない。
「ちょっとした……急用が入ってな」
美保子が私にウィンクする。唇がわずかに腫れている。
「ええ、本当に急だったわ。でも、すごーく丁寧に“処理”できた」
メインホールに入ると、全ての会話がふっつりと途絶えた。数百もの視線が私たち――より正確には、私に集中する。
「洋佑の隣のあの金髪、林原の嫁だろ?」
「あの格好を見れば、どっちが本命か一目瞭然だな」
「なんてこと、あんな格好で来るなんて」
「まるで立ちんぼだな」
洋佑は美保子を連れて各テーブルを挨拶して回り、私は影のように無言で付き従った。
オークションが進む中、私は部屋の隅で大人しく座っていた。美保子が宝石を指差すたび、洋佑は躊躇なくパドルを上げて競り落としていく。
「最後の出品です」オークショニアの声が響く。
「ある謎めいた女性の芸術的ポートレートです。極めて特殊な……コレクション価値がございます」
「『臆病な兎』と題された芸術写真。開始価格は五百万」
会場のあちこちで、その写真の『芸術性』について下世話な囁きが漏れ始めた。
スクリーンにその画像が映し出された瞬間、全身の血液が凍りついた。女の顔は長い髪で隠されていたが、左胸にある鮮明な歯型の傷跡……あれは私の烙印だ。あの夜に刻まれた、消えない永久の恥辱。
「入札を開始します」
その時、美保子の口元が歪むのに気づき、不吉な予感が胸を貫いた。
「お願い……」私は震える手で洋佑の袖を掴んだ。
「あれを買って、お願いだから……」
洋佑は無慈悲に私の手を振り払う。
「俺はそんなポルノ写真に興味はない」
私は慌てて立ち上がり、その場から逃げ出そうとした。だが、美保子が『うっかり』私のドレスの裾を踏みつけた。
金色の紐が瞬時に断ち切られ、ドレスが床へと滑り落ちる。左胸の噛み跡が、数百人の目の前に完全に晒された。
慌てて手で隠そうとしたが、もう手遅れだった。
オークション会場全体が驚愕の沈黙に包まれ、次の瞬間、狂ったようなフラッシュの嵐が巻き起こる。
カシャッ、カシャッ、カシャッ……
無数のカメラとスマートフォンが、私に向けられた。
