第1章 別れた後の再会
「鈴村茜! 理由を言え! 別れるなら、せめて理由を言え!」
土砂降りだった。ざあざあと叩きつける雨音が世界を塗りつぶし、視界は白く滲む。
鈴村茜はその雨の中に立ち尽くしていた。唇から血の気が引き、顔色も真っ青だ。
濡れた髪が頬に貼りつき、全身がみじめに乱れている。
彼女は、目の前で必死に縋る男を、感情の抜け落ちた目でただ見つめていた。
男の黒い瞳には、絶望しかない。
――けれど、彼女だって同じだった。
「どうして……欲しいものは全部やる! なんで……なんで俺から離れるんだよ!」
龍崎燈真の問いが、何度も何度も降りかかる。
鈴村茜は冷たい息を吸い込み、淡く笑った。
「だって……もう、あなたを愛してない。別の人を好きになったの」
「誰だよ! 誰を好きになったんだよ! そいつは俺より、お前を愛してんのか?!」
「ええ。あの人は私を愛してる。私も、あの人を」
「……っ」
龍崎燈真が崩れ落ちるように膝をついた。
鈴村茜は思った。雨の日でよかった、と。
涙が落ちても、誰にも気づかれない。
彼と愛し合ったのは、まる五年。
夢の中でさえ、彼の花嫁になることばかり願っていたのに――。
なのに、彼女は……別の男の子を、身ごもってしまった。
ごめんね。
本当に、ごめん。
――
三年後。
水煙の漂うフロア。女たちが腰をくねらせ、媚びた視線を投げ、甘ったるい空気が充満する。煙草と酒の匂いが、理性を溶かしていく。
露出の多い服を纏った女たちは、VIP席に座る男たちの視線を奪おうと必死だった。
「龍崎様、ずいぶんD市に戻られてませんでしたよね。今回はどうして急に?」
啖呵を切るような顔つきの男――腹の出た地元の顔役が、前に座る人に媚びるように酒を注ぐ。D市の地元の連中でさえ、龍崎様には頭が上がらない。
龍崎燈真は顎に手を添え、目を伏せ気味にしていた。整いすぎた顔立ちは生まれつき冷たく、薄い唇がわずかに吊り上がる。
「龍崎様、せっかく戻られたんですし、美女でも呼びましょうか? 景気づけに」
その言葉に、龍崎燈真がゆっくりと目を上げた。
鋭い寒色の眼差し。そこに宿る邪気に、顔役は背筋が凍り、危うくグラスを倒しかける。
――そうだ。
龍崎様は初恋に捨てられてから、女を憎むようになった。
忘れていた。
「龍崎様、俺が悪い! 口が滑りました!」
龍崎燈真は答えない。薄い視線が男を越え、どこか遠い一点へ落ちた。
顔役が振り返ると、男に絡まれている女がいた。
龍崎燈真が指先を上げ、切れ長の目を細める。
「あれは誰だ」
「えっと……たぶん、端っこのモデルっすね。若くて水っぽい顔してるから、狙われてる」
「呼べ」
……
顔役は鈴村茜を引きずるように連れてきて、無理やり跪かせた。
何が起きるのかわからず、ただ不安に身を縮めていた鈴村茜は――真革のソファに座る、場違いなほど高貴な男を見た瞬間、息が止まった。
瞳孔が、はっと開く。
「龍崎様をしっかりおもてなししろ!」
龍崎様という呼び名を聞いた途端、身体が硬直した。
次の瞬間、顎が――男の靴先で持ち上げられる。
冷たく整った顔。鋭利な美貌に、どこか危うい邪気が滲む。全身黒で統一された装いが、圧を増していた。
男が唇を歪める。
「……やっぱりお前か。鈴村茜」
そして、氷のように言い放つ。
「……久しぶりだな」
