第2章 いまから知り合えばいい

「……龍崎様……な、何を……? わ、私……あなたと、お知り合いでしたっけ……」

鈴村茜の声は震えていた。

ここで龍崎燈真に会うなんて、想像すらしていなかった。

この人生で、いちばん愛した男に。

「ん? たった三年だぞ。もう俺のことがわからねえのか」

鈴村茜は必死に俯いた。

心臓が、見えない手でぐしゃぐしゃに握り潰されるみたいだった。

龍崎燈真は冷えた笑みを形だけ作る。

「知らないならそれでいい。いまから知り合えばいいだけだ。俺は龍崎燈真」

隣の地元のボスが急かす。

「龍崎様が知りたいって言ってんだぞ。光栄に思え!」

鈴村茜は身体を小刻みに震わせ、かすれた声で答えた。

「わ……私は……鈴村茜、です……」

「……ふうん」

龍崎燈真は顎に手を添えたまま、整った目に彼女のか弱い震えを映す。

滑稽だった。

あのとき自分を捨てた女は、幸せになったのだと勝手に思い込んでいた。

――なのに。

露出の多い格好で、こんな場所にいる。

きちんと痛めつけてやらなければ、あのときの自分が報われない。

「値段を言え。囲ってやる」

「……え?」

鈴村茜が顔を上げ、すぐに意味を理解して青ざめる。

「ち、違います……私、そういう人じゃ……」

言い終える前に顎を掴まれ、無理やり持ち上げられた。

「違う? じゃあその格好で何しに来た。清純ぶってんじゃねえ」

顎が痛い。涙が滲む。

「わ、私……」

龍崎燈真は苛立ったように言い捨てる。

「1000万」

「む、無理……」

「100万」

「すみません、龍崎様……」

「10万」

「龍崎様、私ほんとに……」

「……一円も出さねえ」

その瞬間、龍崎燈真は彼女の細い腕を乱暴に掴み、ソファへ押さえつけた。

鈴村茜は抵抗する。けれど、びくともしない。

歯を食いしばり、恐怖を飲み込んで懇願する。

「龍崎様……お願い、放してください……!」

龍崎燈真は聞く耳を持たず、唇の端に冷たい笑みを浮かべた。

「明日、迎えをやる」

――だめ。捕まったら終わる。

鈴村茜は奥歯を噛みしめ、横のグラスを掴むと、思いきり龍崎燈真の頭へ叩きつけた。

がんっ、と鈍い音。

手が緩んだ隙に、鈴村茜は必死で駆け出した。

歯を食いしばり、崩れそうな身体を無理やり支えながら、ただ逃げる。

――

古びた小さな賃貸部屋。

鈴村茜はぼろぼろのまま戻り、灯りを点けた。

薄暗い光の下、頬はやつれ、目の下に影が落ちている。

狭い部屋の奥から、痩せた小さな女の子がベッドを降り、駆け寄って抱きついた。

「ママ、おかえり!」

「……うん。ただいま」

鈴村茜は胸が締めつけられ、鈴村佳澄の枯れた髪を撫でる。

「お薬、飲んだ?」

「飲んだよ。ママ、佳澄いい子にしてた。心配しないで」

その瞬間、堪えきれず涙がこぼれた。

三年前の朝。

目を覚ますとホテルのベッドの上で、服は乱れ、シーツには血の跡。

考えるまでもなく、何があったかはわかった。

彼女は逃げた。

愛する龍崎燈真に対する罪悪感で、何度も打ち明けようとした。

けれど勇気が出なかった。

あんなに自分を愛してくれたのに――。

迷っているうちに、妊娠が発覚した。

堕ろそうと病院へ行ったが、身体が弱く、堕ろせば二度と妊娠できない可能性が高いと言われた。

龍崎家は名門だ。

汚れた女が、子どもまで連れて嫁ぐなんて許されるはずがない。

だから彼女は、痛みに耐えて別れを選び、ひとりで育てる道を選んだ。

――ところが、生まれた子は白血病だった。

この病は底なしの穴だ。

金を注ぎ込んでも治る保証はない。

それでも母親として、わが子を病に苦しませるわけにはいかなかった。

藁にもすがる思いで、モデル会社の仕事に手を出した。稼げると言われ、信じた。

けれど会社は彼女を夜の店へ放り込み、今日も呼び出した。

そしてそこで――龍崎燈真に会ってしまった。

「ママ、泣かないで……」

鈴村佳澄が冷たい小さな手で、涙を拭ってくれる。

そのとき。

――バンッ!

今にも外れそうなドアが、蹴り破られた。

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