第3章 私の娘を返してくれ
男たちが雪崩れ込んできて、有無を言わさず鈴村茜を押さえつけた。
「誰よ! あんたたち、何するの!」
「鈴村さん。龍崎様のご命令です。悪く思わないでください」
そう言い終えるが早いか、連中は容赦なく彼女を引きずっていく。
薄暗い賃貸の一室に、鈴村佳澄の泣き叫ぶ声だけが残った。
「ママ!」
車はD市の夜を猛スピードで駆け抜けた。
ほどなくして、豪奢で派手な夜の店に着く。
扉をくぐった瞬間、猩紅のソファでグラスを揺らす男が目に入った。
鈴村茜は涙を溜めたまま、喉が裂けるほど叫ぶ。
「龍崎様……お願い、放してください! 私は、あなたの愛人なんか……!」
男はくつくつと笑った。勝ちを確信した顔で。
「そうか? 俺の部下が言ってたぞ。お前、ひとり暮らしじゃないらしいな。子どもがいるって……」
その一言で、鈴村茜の瞳孔が恐怖に大きく開く。
佳澄――。
龍崎燈真は眉を寄せ、氷みたいな目で嘲る。
「……あれは、お前の何だ」
「わ、私……」
「娘か?」
心臓を握り潰されるようだった。
鈴村茜は必死に首を振る。
「ち、違う……違います……!」
「へえ……」
龍崎燈真は意味ありげに頷いた。
「じゃあ調べるしかないな。お前にとって何なのか」
全身の血が引き、鈴村茜はその場に膝をついた。
男は赤ワインを揺らす。
淡い亜麻色の髪。暗く冷めた瞳。額には白い包帯。
病的なほど不遜で、傲慢で――目の前にいるだけで息が詰まる。
鈴村茜は唇を震わせ、灰みたいな声を絞り出した。
「……私、あなたの愛人になります……だから……お願い……あの子は調べないで……」
「いまさら?」
龍崎燈真は鼻で笑った。
「遅い。もうお前には興味がない」
「じゃあ……どうしたら……放してくれるの……」
涙を溜め、卑屈に頭を下げる。
俯いた横顔は鼻筋が通り、濃い睫毛に涙がきらりと乗った。目尻の泣きぼくろが、妙に哀れを誘う。
龍崎燈真は嘲笑した。
三年前、泣いて縋りついたのは自分のほうだったのに。
――あれほど泣いて、あれほど願っても、彼女は去った。
「……お前の出来次第だ」
「龍崎様……何を……」
「わかってるだろ」
鈴村茜は指を震わせながら膝で近づき、ドレスのファスナーに手をかけた。
次の瞬間、顎を掴まれる。
龍崎燈真の冷たく邪な目に、嘲りが宿っていた。
「汚れた身体で一晩寝れば、俺がまたお前に興味を持つとでも思ったか」
「チャンスは一度だけだ。捨てたのはお前だろ」
「龍崎様……龍崎様……!」
鈴村茜は縋りつくように男の手を掴む。
だが、無情に振り払われた。
ただ、遠ざかる背中を見送るしかない。
その夜、鈴村茜は店に残された。
見張りがつき、外へ出ることは許されない。
龍崎燈真の姿は最後まで見えなかった。
佳澄の身元を調べに行ったのかもしれない。
――隠し通せるはずがない。
彼がその気なら、全部暴かれる。
鈴村茜は頭を抱え、崩れ落ちた。
翌日。
龍崎燈真から伝えられたのは、たった一言。
「消えろ」
鈴村茜は涙をこらえて頷き、魂の抜けたように部屋へ戻った。
案の定、賃貸の部屋に鈴村佳澄はいなかった。
全身が震える。
連れていかれた――龍崎燈真に。
取り戻したくても、会えない。
焦りで押し潰されそうになっているところへ、会社から電話が入った。
受話口の向こうから浴びせられる罵声が、鼓膜を刺す。
