第73章 運のいい人

恋人同士だった頃……彼の服はいつも、彼女が手ずから洗っていた。だから彼の身体には、薄荷みたいな清涼な香りがふわりと残っていた。

――それが今は。

鈴村茜は、落ちた瞳をそっと伏せる。

次の瞬間、背中をどん、と強く押された。

「……っ」

よろけて、転びそうになる。

「ほんっと、ごめんなさぁい……大丈夫?」

森塚香織は無邪気そのものの笑みを浮かべた。けれど、その目だけが氷みたいに冷たい。

「あなた……」

鈴村茜が震えるように顔を上げると、龍崎燈真の視線まで、まっすぐ彼女に落ちてきた。

――見られてないと思ってたのに。

拳を握りしめる。爪が掌に食い込み、じくりと痛む。

こんな...

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