第88章

琴音は、自分の世界に浸りきっているこの自惚れ屋に、もはや視線を向ける気すら起きなかった。

好井哲彦は切々と思いを語りながら、琴音の冷たい態度など気にも留めず、じりじりと距離を詰めてくる。

そして手を伸ばし、彼女の肩に触れた。

「君にとって一番の選択は、俺と一緒になることだ」

かつて数々の女をたぶらかしてきた時と同じ、甘く優しい声色で囁く。

「琴音、本当だ。俺は心から君を愛している」

琴音は肩をすくめてその手を振り払うと、男の手の甲を力任せに叩き落とした。好井哲彦の手には、くっきりと赤い手形が浮かび上がる。

彼女の口元に、嘲りの笑みが浮かんだ。

「自分でも信じていないような戯言...

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