第4章-「彼の花嫁にならないこと」

それは、長い黒革の鞭だった。八つに裂かれた房が、蛇のように垂れている。

鞭は空を裂いて彼女の背に叩きつけられた。痛みに息を呑む声が唇から漏れ、床へと崩れ落ちる。長い黒い巻き毛が顔の両脇へ散り、視界を曇らせた。

彼女はすぐに床の上で身を丸め、折り重ねた腕で顔をかばった。

どうなるかは分かっていた。初めてでも二度目でも三度目でもない。母がこれを自分にした回数など、もう数えきれない。そして、これで終わるはずもないのだ。

イサは鞭を振り下ろし、数え切れぬほど打ち据えた。背中に、手に、どこであれ鞭が届く場所へ。

母は荒く息をついていた。娘を長く打ち続けたせいで腕は引きつり、体は悲鳴を上げているはずなのに、怒りが視界を塗り潰していて、止めることができなかった。

「ど、どの口が――こんなことを……!」

殴打は続き、やがてベラドンナは、ドレスが裂ける音を聞いた。鞭が肉を切り裂き、長い傷から血が滲み出てくる。

唇を噛みしめ、血の味が舌に広がるまで耐えた。金属の匂いが鼻腔を満たす。それでも懇願はしない。慈悲など与えられないと、知っているからだ。

だから彼女は、ただ受け止めた。視界が黒い点で埋まり、これまで母に鞭打たれた記憶が次々と脳裏を流れていくまで。

いちばん古い記憶にまで遡る。六歳の誕生日――皿を割ったという理由だけで、イサがほとんど死ぬまで彼女を打ち据えたあの日。

命がゆっくりと抜けていくのが分かる。それでもベラドンナは抗わなかった。

いっそ、ここで全部終わってしまえばいいのに。

イサがようやく手を止めたころには、痺れていたのはベラドンナの心だけではなく、身体も同じだった。

そして運命はあまりにも残酷で、呼吸は止まってくれなかった。

母は背後にしゃがみ込み、鞭を拳に巻きつけた。口を開いた声は、ひどく息が上がっている。

「よくも私の可愛い子を傷つけたわね!? あの子は何も悪くない。自分の取り分を取っただけよ。どうしてあんたが助かる側なの? 助かるべきは、あの子のほうでしょう!」

そして立ち上がると、低く、わずかに尖った踵をベラドンナの右の太腿に踏み下ろした。彼女が着ているテントのように広がるドレスは、衝撃を和らげるどころか何の役にも立たない。「それに、あの子を殴ったですって! よくもそんなことを!? 役立たずの子! 毒! ゴミくず!」

踵を太腿の片側に食い込ませたまま、母は扉に向かって叫んだ。

「持ってきなさい!」

ジャスパーが部屋に駆け込み、箱を抱えていた。それをイサへ差し出すと、イサは苛立たしげに舌打ちした。ジャスパーは慌てて箱を開け、中からドレスを取り出す。

イサがベッドを指し示す。ジャスパーは走り寄り、そのガウンをベッドの上に置いた。イサがもう一度合図すると、彼は部屋を出て行った。

母は再び背後にしゃがみ込み、荒く、息混じりの囁きで言う。

「アニヤは、あの結婚式にどうしてもあんたを出したいのよ。必ず出なさい。あんたが来れば、アニヤは、自分が許されたって分かって、これ以上つらがらなくなる。あんたが大切にされてることを喜びなさい。そうでなければ……」言葉はそこで途切れ、音のない脅しだけが残った。

ベラドンナは動かなかった。丸まったまま、ただそこにいた。もう慣れている。

「ベッドの上のガウンを着て、時間どおりに式に出るのよ。でないと、私がこの手で首を絞めてから、死に送り出してやるわ」

そう言い捨てると母は立ち、扉へ歩いていった。綿の灰色の膝丈のガウンの下へ鞭を押し込み、隠す。

ドアノブに手をかけたまま、床でまだ丸くなっているベラドンナを振り返る。「アニヤがあんたのことで、もう一滴でも涙を流したら――イグナスに誓って言うわ、ベル。竜王があんたを殺さないなら、私が自分の手で殺してやる!」

扉は乱暴に叩きつけられ、大きな音が部屋に響いた。

ベラドンナは、母の苛立った足音が遠ざかる一歩一歩を聞いていた。やがてそれも聞こえなくなる。さらに数秒、母が戻ってこないか耳を澄ませた。

完全に去ったと確信してから、彼女はゆっくりと身体をほどいた。全身は腫れ、幾筋もの鞭の裂傷で刻まれ、ひどく疼く。どんな小さな動きも痛みを伴い、骨の髄まで重かった。

いま、彼女のドレスは血で濃く赤く染まっていた。

ようやく彼女は立ち上がり、それから寝台のほうへ歩いていった。

感覚は麻痺しているのに、身体だけはまだ痛みと殴打の名残に反応していた。

震える手で彼女はガウンを拾い上げ、じっと確かめた。

緑のシフォンの、丈の長いAラインのドレスだった。袖もひどく長い。

もともとは花嫁の妹としてアニヤのために仕立てられたものだったが、今ではそれが彼女のものになっていた。

ということは、アニヤは今、彼女のドレスを手にしたのだ。

***

ついに婚礼の日がやって来た。

ハープに、ラッパに、笛に、太鼓まで鳴り響いていた。

神殿は大勢の人で埋め尽くされていた。リティオは村長の息子なのだ。

花嫁はベラドンナだと思い込んでいた者たちはみな、花嫁のなめらかな白いふんわりとしたドレスをまとい、祭壇へと降りてくるのが彼女の妹だったのを見て驚いた。

人々はひそひそと囁き合ったが、この変化について村長たちにもベラドンナの家族にも、誰ひとり問いただそうとはしなかった。そんなことは自分たちの領分ではないからだ。とはいえ、村人たちは、明らかに何かがひどく狂ってしまったのだと察していた。

ベラドンナは両親とともに、参列者の最前列に座っていた。

いま祭壇に立つアニヤが振り向き、彼女を見つけた。満面の笑みを浮かべたが、ベラドンナは微笑み返さなかった。ただ、自分があれほど心を砕いて形にしたドレスが、アニヤにぴたりと合うよう直されているのを見つめていた。

アニヤは彼女よりずっと小柄で、身体つきにも丸みがなかった。ベラドンナは自分に与えられたドレスにきちんと身体を収めることすらできなかった。背の留め具も最後まで上がらなかったが、それでもそのまま着ていた。丈が長く、袖もたっぷり長くなかったなら、昨日の折檻でできた傷はすべて人目にさらされていただろう。

そこだけは幸いだった。母を恐れて、わざわざ隠す手立てを考えずに済んだのだから。

誓いの言葉を交わす時が来て、ふたりが手を取り合うと、リティオはときおり素早く彼女のほうを見た。だが、ベラドンナはその視線を受け返さなかった。

やがて婚礼は終わり、皆が家へ帰る時間になった。

アニヤはベラドンナのもとへ駆け寄り、抱きついた。そして、式に来てくれたことへの礼を言い、昨日は自分に腹を立てていたからとても悲しかったのだと告げた。

「でも、もう許してくれたのよね。だって、許してくれていなかったら、ここには来てくれなかったもの。ほんとうにうれしいわ」

ベラドンナはひと言も返さず、ただ頷いて、そっと身を引いただけだった。

アニヤはその場でくるりと回ってみせた。「わたしのドレス、どう?」

「きれいでしょう?」イサが口を挟んだ。

「ええ、もちろん」

彼女は平板な声で答えた。

「理解を示してくれてありがとう」

リティオもそこへ加わり、感謝を込めるように彼女の手を取った。

彼女はすぐに手を引き抜き、彼を見上げた。その後ろには彼の両親が立っていた。いや、父親もそこにいた。

「もちろんです。わたしはとても理解のある人間ですから」

「それに、騒ぎを起こさなかったことにも感謝する」

村長が言った。金の輪を頭にいただいた、背の高い痩せた男だった。

「私たちは評判を築くためにずいぶん努力してきましたのよ。それを汚さずにいてくれたあなたは、ほんとうに善い子だわ」

村長の妻も付け加えた。やはり痩せた女で、頭には金の輪を巡らせていた。

リティオとその両親は、驚くほどよく似ていた。

同じ明るい肌をしていて、背丈もほとんど変わらず、同じように細身で、栗色の瞳まで同じだった。

わずかな違いといえば、リティオと父親の髪が金色で、母親の髪が茶色だということくらいだ。

そして父親と違って、リティオには髭がなかった。

あれほど毛深いのに髭がないなんて、どうしてなのだろうと、ベラドンナは以前から不思議に思っていた。

それに、リティオは仕事柄いつも魚の匂いがした。彼女もいつしかそれに慣れていたが、今またその匂いを嗅いだ。ほんのかすかだったが、確かにそこにあった。

以前の彼女なら、その匂いをこの上なく心地よいものだと思っただろう。けれど、もう違う。今のリティオは、ただ魚と裏切り者の匂いがするだけだった。裏切り者がどんな匂いかなど知るはずもない。だがそれはきっと、まさにリティオの匂いなのだと確信できた。

ふいに胃のあたりがむかついた。

みんな、裏切り者の匂いがした。

「もちろんですとも。わたしはほんとうに善い人間ですから。失礼します」

そう言って、彼女はその場を辞した。

神殿を出ながら、先ほどリティオに手を取られたとき、彼が自分の手のひらに紙切れを忍ばせていたことに気づいた。

彼女はそれを開いた。中には、彼の書いた伝言があった。

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