紹介
偉大なるイグナス王国を形づくる七つの村では、毎年欠かさず「選定の儀」が執り行われていた。その儀で村の娘のひとりが選ばれ、恐るべき竜王の花嫁となるのだ。
なぜそんな儀を年ごとに続けるのか、誰にもわからない。これまで選ばれていった花嫁たちが、その後どうなったのかも――。
奴隷にされているのか?
竜の餌にされているのか?
それとも……竜王自身が、彼女たちを喰らっているのか?
それだって否定はできない。王は自分たちとは違う、人ではないのだという噂があるのだから。
それでも、その疑問は執念深く人々の胸を苛んだ。
いったい、花嫁を何に使っているのか――!?
だが、誰も王に問いただそうとはしなかった。逆らうなどという無謀が、どんな運命を呼び込むかが怖かったのだ。
もっとも、そんなことはベラドンナの知ったことではない。今年は彼女の村が花嫁を差し出す番だったが、自分が選ばれるはずがないと彼女は確信していた。
なぜかって?
もちろん、計画があるからだ。そして彼女は、その計画が自分を裏切るはずがないと信じ切っていた……いや、本当にそうだろうか。
チャプター 1
「選ばれない方法……」と、ベラドンナは銀の鈴のような声で小さくつぶやき、たった今手に取った薄い黒表紙の本を青い目で見つめた。
本はすっかり埃をかぶっていて、題字も少しかすんで読みにくい。
彼女ははしごを下りると、本に積もった埃をふっと吹き払った。そのせいで、軽くせき込む。
「モリア・ナクリヴァー著……」と、著者の名を口の中でなぞったが、すぐに首を振った。
この本は役に立たない。なぜなら作者自身が、結局は花嫁に選ばれてしまったのだから。
モリアはナクリヴァー村の村長の娘だった。ナクリヴァーは、恐るべき竜王に支配された強大なイグナス王国を構成する七つの村の一つである。
モリアは十八歳のとき、掟に従って選定の儀に参加し、どういうわけか幸運にも選ばれずに済んだ。
そしてそのとき、この本を書いたのだ。
王国じゅうのほとんどすべての娘たちが、自分も彼女のように幸運でありたいと願って、その本を読み始めた。だが二十五歳になったとき、彼女は選ばれてしまった。人々は、この本でさえ自分たちを、王と呼ばれるあの災厄から救えないのだと思い知り、窓から本を投げ捨てた。
実際、モリアこそ去年選ばれた花嫁だった。誰もが彼女で最後になると思っていた。だが、そうではなかった。またしても何か得体の知れないことがひどく狂ってしまい、いつものように次の村が花嫁を差し出す番になったのだ。
その次の村というのが、イグナスでもっとも小さい七番目の村、イナイミ――そしてベラドンナが暮らす村だった。
ベラドンナははしごを上り、本を元の場所へ戻した。それから下りて、また探し始める。
手が一冊一冊の本の背をたどり、ときおり開いては題名を確かめ、少しでも役に立つものがないか見ていくあいだも、考えずにはいられなかった。
選定の儀は、彼女が物心ついたころからずっと存在していた。毎年、十八歳から二十七歳までの、未婚で身ごもっていない娘は全員、儀式に差し出される。
その中から七人が竜王によって花嫁候補として選ばれ、城へ連れて行かれる。そして数日、あるいは数週間ののち、六人が戻ってくるのだ。
戻ってきた六人はたいてい、城で過ごした日々の記憶を失っている。一方、花嫁に選ばれた一人だけはそこに残され、二度と消息を聞かれることも、姿を見られることもない。
選ばれた花嫁は殺されるのだと言う者もいれば、竜の餌にされるのだと言う者もいた。人々は、あの王が彼女たちに何をしているのか、さまざまな憶測を口にした。
どれ一つとして、ましなものはなかった。
本当のところ、あの花嫁たちに何が起こっているのか、そもそもなぜ選定の儀などというものが存在するのか、誰にもわからない。だが、竜王に疑問を向ける勇気のある者もいなかった。
彼は冷酷で強大だった。ほんの少しでも逆らえば、どんな者であれ、凄惨な最期を迎えることになる。
竜王は人間ではないという噂さえあった。
真実かどうかは、誰にもわからない。
そもそも、彼の顔を見た者すらいないのだ。あまりに醜悪で怪物じみているから隠しているのだろう――人間ではないからだろう、と多くの者が疑っていた。
ベラドンナもそう信じていた。
ふと彼女は動きを止め、図書室を見回した。窓から差し込んでいた陽光は、もはやまばゆくはなく、いまは金色に染まり、日が傾いたことを告げていた。
図書室はひっそりと静まり返り、自分の呼吸の音さえ聞こえるほどだった。
彼女は重いため息をついた。探し回って脚はもうくたくたで、寝不足のせいで目はうるんでいる。
本当は休まなければならなかった。だが、休んでなどいられない。
選定の儀が、もうすぐそこまで迫っているというのに、どうして休めるだろう。
いま、イナイミの誰もが怯えていた。できることなら家族を連れて村を逃げ出したい。だが、それはできない。竜王の衛兵が追いかけてきて、捕らえ、ここへ引きずり戻すからだ。イグナス王国から逃げおおせた者は一人もいない。これからも、きっと現れないだろう。
ベラドンナは椅子に腰を下ろした。心の底から疲れ切っていた。腹の虫が低く鳴るのが聞こえ、またため息をつく。
ここ数日、ろくに食事も取っていなかった。だが、屋根の上に火がついているような有様で、どうして食べる気になれよう。
本当を言えば、彼女がそこまで心配する必要はない。あと三日もすれば、彼女は選定の儀で候補者として差し出される資格を失うのだから。
なぜか。
結婚することになっているからだ。
婚約者のことを思うと、彼女はひとり微笑んだ。胸の奥がふわりとくすぐられ、蝶が羽ばたくように落ち着かなくなる。
リティオ。
リティオはイナイミで理想そのものの男であり、誰もが望む相手だった。
いわば「基準」そのもの。
慎み深く、容姿端麗で、男に求めうるものをことごとく備えている。しかも彼は村長の長男であり、この村一番の漁師でもあった。
実のところ、ときどき彼女は思うのだった。どうして彼は、自分を選んだのだろう、と。
リティオは素晴らしい男だった。彼に対して彼女が抱くのは、尊敬と愛だけ――それも、彼が歩いた地面さえ愛おしく思えるほどの、深い尊敬と愛だった。
けれど自分は、皆の中でもいちばん奇妙な部類だ。何か突飛なことをするからではない。ただ、考え方がそうなのだ。彼女の発想はたいてい馬鹿げていると評され、家族にさえそう言われてきた。
ベラドンナはふだん、黒くてひどく縮れた髪を低い位置で無造作な団子にまとめ、長い青いテントドレスを引きずりながら図書館の棚という棚を漁っていた。ほっそりしていながら曲線があり、キャラメル色の肌。背丈は平均ほどで、尖った小さな鼻に、胸を射るほど鮮烈な青い瞳。
その瞳――リティオが、彼女の中でいちばん好きだと言ってくれたものだ。
そう、彼女には何も心配することなどないはずだった。
それでも彼女がこの図書館に来ているのは、自分のためではない。妹のために、身を粉にしているのだ。
妹のアニヤは十九歳。妊娠もしていなければ、結婚もしていない。つまり「選定の儀」に臨む資格を備えており、その日が訪れるまで資格を失わない。
それがベラドンナに、何度も眠れぬ夜を与えた。自分の婚礼準備も寝不足の原因ではあったが、それ以上に、可憐で、優しく、無垢なアニヤを思う不安が、何度も彼女を夜更かしさせたのだ。
妹の評判を少しも汚さずに、忌まわしい「候補者名簿」からどうにか外す手立てはないかと、彼女はいつも探していた。
そして心の底から祈ってもいた。妹が救われ、選ばれませんように、と。
今日も一日じゅう、アニヤの助けになるかもしれない本を探していた。だが見つかったのは、信憑性の乏しいものが一冊だけだった。
彼女は立ち上がり、帰ることにした。図書館は大きくない。すぐに扉まで辿り着く。
「何か見つかったかね?」
古びた重いドアノブを押し下げようとしたところで、司書の太く低い声が彼女を呼び止めた。
振り返ると、老人は机に座っていた。机の上にはランタンがあり、彼の手には巻物がある。
「残念ながら。でも、明日なら――」声は穏やかで、疲れた笑みが顔に浮かんでいた。
この司書は、彼女を奇妙だと思わない数少ない人のひとりだった。奇妙だと決めつけるのは、彼女の未来の夫に恋する若い女たちくらいのものだ。
皆が、リティオを欲しがっていた。
老人は物悲しげに微笑み、まっすぐ長い鼻の付け根に乗った小さな眼鏡を直した。その鼻が、小さく皺だらけの顔の大半を占めているように見える。
「台帳を当たって、こちらでも探してみよう」
そう言って、彼は巻物へと視線を落とした。
「それは助かります。ありがとうございます、先生。おやすみなさい」
「おやすみ、娘さん」
そうしてベラドンナは外へ出た。
空には星が満ち、巨大で美しい月が浮かんでいた。そよ風もやさしい。
家へ戻るため市場を歩くと、値をまけろと掛け合う商人と客の声が宙に満ちる。卓上に置かれ、屋台に吊るされた灯りのともるランタン。夜の商いに立ち働く女たちと男たち。追いかけっこをしてはしゃぐ子どもたちの声。それらすべてが折り重なって、今夜というひとつの景色を作っていた。
ベラドンナは誰にもぶつからぬよう、人波の隙間を慎重に縫って進んだ。
市場は今日、いつにも増して荒っぽく騒がしかった。「選定の儀」が近づけば近づくほど、村人たちの神経が尖っていくのだ。いま大半の者が、婚礼に備えて品を買い集めている。
ここへ来る途中、彼女は寺院の前を通った。ちょうど今も、婚礼が執り行われている。
実際、自分の婚礼も明後日だった。彼女とリティオの両家はすでに万端整えていて、あとはその日が来るのを待つばかりだ。
ようやく家に着いた。
扉を叩いたが、返事はない。
家族がまだ帰っていないのは不思議だった。
押してみると、扉はするりと簡単に滑って開いた。
恐怖で心臓が激しく脈打った。
両親はいつも安全のために、戸締まりにはうるさい。
居間は暗かった。素早く見回すと、隣の部屋の鍵穴から黄色い光が滲んでいるのが見えた。
それから、聞こえた。
くぐもった喘ぎ声。
近づくほどに、その声は大きくなる。
男のうなるような息遣いと、女の甲高い――意味を成さない言葉?
アニヤ?
危険な目に遭っているのか。
ベラドンナの手のひらに汗がにじむ。耳を澄ませ、そして気づいた。あれは意味のない声ではない。
……名前だ。
ただ、誰の名なのかが、どうしても理解できない。
彼女は唾を飲み込んだ。
震える手で扉を勢いよく押し開けた瞬間、心臓が底へ落ちた。
静寂が満ちた――ただ、彼女自身の寝台の上で、裸の二人が乱暴に絡み合い続ける喘ぎ声だけを残して。
最新チャプター
#513 147-ハッピーファミリー(ジ・エンド)
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