第7章

深夜十一時。鈴木景野は実家の重い扉を押し開けた。

玄関の明かりが灯り、中島が出迎えてコートを受け取ろうとする。彼はそれを手で制し、和室へと足を向けた。ガランとした廊下に響く足音は、まるで木魚を叩く音のように乾いて聞こえる。

彼はここが好かない。

あまりに広く、寒々しい。畳からは、独特のい草の香りと古い藁の匂いが入り混じって漂ってくる。

港区のあの別荘の方が、よほど懐かしい——買い戻しはしたものの、かつての温もりは戻ってこなかった。

あの頃、雪穂はどれだけ遅くなっても食卓で彼を待っていた。テーブルには彼女の手料理である味噌汁が並び、湯気が立ち上る向こうで、彼女はふと視線を...

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