第49章 酒井蒼真がF国に来る

五か月後、F国。

藤井心海の研究所での仕事は、すでに軌道に乗っていた。松本淳太のもとで神経損傷修復プロジェクトの前期実験に加わり、神経幹細胞の培養、細胞損傷モデルの構築、有効な介入因子のスクリーニング――そうした地道で確かな作業を任されている。

彼女は実験室が好きだった。静けさの中で神経を研ぎ澄ませる空気が心地よい。顕微鏡の向こうに広がる微小な世界に見入る時間も、同じ班の学生たちと実験計画をぶつけ合い、思考が火花を散らす瞬間も。

安全で安定した生活は、彼女をかつての悪夢から切り離した。過去の人や出来事を思い出すことは、ほとんどなくなっていた。

それでも――。

三月中旬のある午後。心...

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