第61章 良き隣人の作り方

ドアの外が数秒、しんと静まった。こちらの声が届かなかったのか、酒井蒼真がもう一度言う。

「今、食べたくないなら……ドアの前に置いとく。忘れずに取って」

そのあと、隣の部屋のドアが開いて閉まる音がした。

藤井心海は外の気配が完全に消えたのを確かめてから、ドアをほんの少しだけ開ける。

玄関マットの上に置かれていたのは、クロワッサンの皿と、あのワインのボトル。

その日を境に、酒井蒼真は正式に「隣人生活」を始めた。

まるで『良い隣人のなり方』という教科書を手に入れたばかりの新入生みたいに、ページをめくっては実践する。毎日、違う「隣人スキル」を試してくるのだ。

初日は、物を借りる。

「...

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