第1章
悟視点
「悟って、まさに歩くフェロモンって感じの男だよね!」
浜町の高級ペントハウスのバルコニー。手すりに気だるく寄りかかりながら、俺の隣にいる三人の女からの恥知らずな賛辞を聞き流す。またいつものやつか。
「当然だろ」俺はスマホを適当にスクロールしながら、ジムで撮った最新の写真に群がる数字を眺める。「神が俺を創りたもうた時、完璧を期してじっくり時間をかけたんだろうな」
いいね二万三千、コメント三千五百。そのすべてが炎の絵文字と愛の告白だ。崇拝され、渇望され、求められる。これが私、五条悟の日常。
正直、クソ最高に気分がいい。聖谷町から浜町地区まで、どこへ行こうと俺が注目の的だ。インスタの自己紹介欄に書いた「一人を選ぶなんて、なぜ? 全員手に入れられるのに」は自慢じゃない、文字通り、それを裏付ける資格が俺にはある。
「白樺町でモデルの子たちが悟を追いかけてるって聞いたけど?」奈央が、わざとらしく俺の腕に指を這わせながら、媚びるように尋ねてくる。
モデル? あの飢えたビッチどもか。
「モデル? やれやれ、俺の魅力はモデル業界だけにとどまらねえよ」俺はクッと笑う。「先週はD大法学部の学生会会長が、返信をくれって俺のDMに泣きついてきたぜ」
すべてが俺にとっては当然のこと。なんせ、俺は誰だ? 五条悟、身長百八十五センチの完璧な肉体、彫刻のような顔立ち、そして聖谷町を丸ごと買い取れるほどの資産家の生まれだ。
俺は、他の男たちが夢見る男そのもの。そして女どもは? 俺に抱かれることを夢見ている。
今夜の戦利品を自慢するストーリーをもう一本インスタに投稿しようとした、その時。室內からバルコニーへと現れた一人の影が、俺の注意を瞬時に独占した。
マジかよ。
黒いシルクのスリップドレスが息をのむような曲線美を包み、滝のように肩に流れ落ちる髪は、月光を浴びて銀色に輝いて見える。クソ、今夜最高の獲物は間違いなくこの女だ。
ミステリアスで、孤高で、どこか浮世離れした独立心、今まで出会ったどんな女ともまったく違う。俺に群がってくる飢えた尻軽女どもとはわけが違う。面白い。
彼女がこちらに視線を向けた。月光の下でその瞳がきらめく。そして……すぐに逸らされた。
は? なんだと?
俺は呆然とした。こんなことは今まで一度もなかった。女は俺を見れば、顔を赤らめて俺とヤリたがるか、どうにかして話しかけようとするかのどちらかだ。だが、この女はただ……俺を無視した?
絶対にあり得ない。
「悟? 何見てるの?」奈央が俺の視線を追い、その目に即座に危険な光が宿る。
「別に。たいしたもんじゃない」俺は視線を外したが、思考は明らかにあのミステリアスな女へと飛んでいた。今夜の新しいターゲット、ロックオンだ。
彼女は今、優雅にシャンパンを手にし、バルコニーの反対側で一人、夜景を楽しんでいる。月光がその横顔の輪郭をなぞる。まるで芸術品のように完璧だ。
手に入れなければ。
「少し失礼」俺はシャツを整え、完璧な自分を確認する。まあ、いつだって完璧だが。
わざと歩調を落とし、自分の登場をよりドラマチックに演出する。これは俺の十八番の戦略で、どんな女にも失敗したことがない。まず俺の存在に気づかせ、次に俺の魅力に完全に征服させ、そして最後に……お利口な尻軽女みたいに俺のベッドに這い上がってくる。
「美しい夜だと思わないか?」インスタで無数の悲鳴を浴びる定番のポーズ――片手をポケットに、もう片方の手をさりげなく手すりに置きながら、とびきりセクシーな声で話しかける。
女が振り返る。その瞳は想像以上に美しかった。彼女は俺をちらりと見ると、唇の端を上げて丁寧だが距離のある笑みを浮かべた。
「ええ、綺麗な」
そして彼女は再び背を向け、夜景鑑賞を続けた。
それだけ?
俺の笑みが凍りつく。この反応は……今まで一度もなかった。
「五条悟だ」俺はわざと「五条」の姓を強調しながら、彼女に一歩近づく。「一人か?」
「見ての通り」彼女はまだ俺を見ようともせず、まるで空気と話しているかのように無関心な声色だ。
アドレナリンが血管を駆け巡るのを感じる。うそ!この女、本気で俺を無視する気か?
「普通、女は俺に会うと…もっと熱狂的なんだがな」俺はわざと声を低め、あからさまに挑発的な含みを持たせる。「俺のこと…もっと深く、知りたくないか?」
今度こそ彼女は俺に真っ直ぐ向き直った。その瞳には、今まで見たこともない表情、軽蔑が宿っていた。
「もっと熱狂的?」彼女は軽く笑う。その声は刃のように鋭い。「あなたの周りでよだれを垂らしている、脳みそのない女の子たちみたいに?」
俺の笑みは完全に消え失せた。こんな口の利き方をする奴は、今まで一人もいなかった。
「言葉に気をつけろよ」俺はさらに距離を詰め、声に危険な響きを乗せる。「お前は自分が何を拒んでるのか分かってない」
「自分が何を拒んでいるか、よく分かっているわ」彼女は俺に向き直る。その瞳は俺の心を見透かすように鋭い。「女を征服することをスポーツみたいに考えてる男を拒んでいるのよ」
彼女は一呼吸おいて、皮肉な弧を描く唇で言った。「悪いけど、あなたの収集癖には興味ないの」
瞬間、頭に血が上る。収集癖? こいつ、本気で俺にそんなことを言うのか?
「自分が特別だとでも思ってるのか?」俺は彼女に詰め寄り、危険なほど低い声で囁く。「手に入りにくい女を演じれば、俺の気を引けるとでも? その手の芝居はもう見飽きたんだよ」
「じゃあ、あなたはがっかりすることも多いんでしょうね」彼女は一歩も引かず、俺の視線を恐れずに受け止める。「だって、あなたは本当に欲しいものを決して手に入れられないから、あなたのお財布じゃなくて、あなた自身を心から好きになってくれる人を」
その言葉は、顔面に平手打ちを食らったかのような衝撃だった。
「本物の感情なんざ、欲しかったことは一度もねえ」俺は歯を食いしばって言う。「俺が欲しいのは、征服だ」
彼女は微笑む。その表情は美しく、そして残酷だった。「なら、今夜のあなたはがっかりする運命ね」
そう言い残し、彼女は優雅に背を向けて歩き去っていく。俺は拳を固く握りしめたまま、その場に立ち尽くすしかなかった。
すぐに彼女を見つけた――ダンスフロアの真ん中。その一挙手一投足がクソみたいにセクシーで、まるで意図的に俺を挑発しているかのようだ。
この美女は、ゲームはもう終わったとでも思っているのか?
俺がダンスフロアに足を踏み入れると、人々は自然と道を空ける。五条悟を辱めておいて、無傷で立ち去れる女などいないと、こいつに思い知らせてやる必要がある。
「踊らないか?」俺はもはや紳士的なふりもせず、直接手を差し出した。
彼女は俺の手に視線を落とす。その瞳にきらめいたのは......挑戦か?
「また断られるのに耐えられるかしら?」彼女の声には、あからさまな嘲りが含まれている。
「試してみろよ」俺の視線が威圧的になる。「それとも、口先だけの女か?」
彼女は不意に微笑んだ。その表情に、俺の心臓が跳ね上がる。「一曲だけ。伝説の五条悟が、どれほどのものか見させてもらうわ」
俺の腕が彼女の腰を抱き、ぐっと引き寄せて密着させる。彼女の身体は柔らかく温かく、その香りがもっと欲しくさせた。
「知ってるか?」俺は彼女の首筋にわざと息を吹きかけながら、耳元で囁く。「この距離だと、ほとんどの女は顔を赤らめて息を乱すんだがな」
「それは本当にあなたの魅力のせいかしら?」俺の耳元で、彼女の声が死ぬほど蠱惑的に響く。「それとも、あなたの安っぽいコロンのせい?」
俺の腕が、ほとんど復讐するように即座にきつく締まった。
「その舌、気をつけろよ」俺の声が荒くなる。「面倒なことになるかもしれねえぞ」
「私の舌?」彼女は俺を見上げる。その瞳は挑発に満ちていた。「少なくとも、私の舌は真実を話すわ。どこかの誰かさんみたいに…次から次へと愚かな女を騙すために舌を使うのとは違う」
クソが。
この女の一言一句が、傷ついた俺のプライドに塩を塗り込むようだ。だが奇妙なことに、俺はかつてないほどの……興奮を感じていた。
「俺の舌が他に何ができるか、知りたくないか?」俺はさらに顔を近づけ、彼女の唇に触れんばかりになる。「忘れられない思い出を保証するぜ」
彼女の瞳が、突然氷のように冷たくなった。俺を突き放す。
「あなたは絶対に断られないって聞いたけど?」彼女の声は嘲笑を帯びている。「伝説は所詮、伝説だったみたいね」
血が沸騰するのを感じた。「俺は五条悟だ。抱きたいと思った女は誰でも抱く。お前も含めてな」
彼女の瞳に何かがきらめいた、怒りか? 失望か?
彼女はつま先立ちになり、唇を俺の耳元にギリギリまで近づける。「じゃあ、今夜があなたの最初の失敗になるわ。だって、あなたは永遠に私を手に入れられないから」
そして彼女は人混みの中へと消えていった。俺は岩のように固くなったまま、心臓を雷のように打ち鳴らしながら、その場に立ち尽くしていた。
最初の失敗?
五条悟を失敗させる女などいない。
誰一人として。
だがなぜ、今俺は、彼女を壁に押し付けて、本当の征服が何を意味するのかを思い知らせてやりたいと、ただそれだけを望んでいるのだろうか?
