第4章

森川県の海岸に降り注ぐ週末の陽光は、目も眩むほどに強かった。けれど、それ以上に眩しかったのは、私に注がれる視線だった。私は聖谷学院の毎年恒例のセーリングレガッタが開催される桟橋に立っていた。借り物のセーリングウェアに身を包み、まるで処刑を待つ囚人のような気分だった。

一体、何をやっているんだろう?しぬ!

「参加者の皆さんにご連絡します」審判の声がスピーカーを通して響き渡った。「本日のレースコースは島を一周、制限時間は三時間です。これよりパートナーの選出を開始します」

奈央は高価そうなピンクのセーリングドレスを身にまとい、自信に満ちた様子で最前列に立っていた。ほとんどの人間が、彼女が選ばれるものと信じて疑わなかった。他のセーリング部のエリートたちも、選ばれるのを待って完璧なポーズを決めている。

私はとっさに一歩後ずさり、人混みの中に紛れてしまいたいと願った。

悟は、あの白いヨットのそばに立っていた。潮風が彼の黒髪を乱している。彼は集まった人々を見渡し、その視線は奈央の完璧な笑顔を通り過ぎ、他の有力候補たちの上を滑り……

そして、私の上でぴたりと止まった。

その瞬間、彼の唇が挑戦的な笑みを形作るのが見えた。

「俺のパートナーは、絵里にする」

彼の声は明瞭で、その場にいる全員に対する宣戦布告のように挑発的だった。

桟橋は驚きのどよめきに包まれた。

奈央の顔がさっと青ざめ、サンハットを落としそうになる。「正気なの?」

くそっ。突き刺さるような視線が痛い。心臓が激しく打ち鳴らされるのを抑え、私は無理やり彼の方へと歩き出した。

「私、ヨットなんて操縦できないけど」思ったより冷静な声が出た。

「その方が面白い」彼の目が危うく光る。「教えるのは……好きだからな」

「悟、馬鹿なこと言わないで! これは競技なのよ、個人的なゲームじゃない!」奈央の甲高い声が背後から響いた。

「馬鹿なことなんて言わないさ」彼は振り返らず、私から視線を外さないまま手を差し伸べた。「ただ……一番、やりがいのあるものが欲しいだけだ」

差し出された彼の手を、皆の期待のこもった視線を感じながら見つめた。

これは、罠か、それともチャンスか。

私は彼の手のひらに自分の手を重ねた。途端に、その温もりが伝わってくる。

「しっかり掴まってろよ、お姫様」彼は私の耳元で囁いた。「忘れられない航海にしてやる」

.......

「レディ――ゴー!」

スタートの号砲が鳴り響いた瞬間、悟が帆を引くと、ヨットは解き放たれた獣のように猛然と前進した。突然の加速に、私は彼の胸に叩きつけられ、バランスを崩しかけた。

「怖いか?」耳元で聞こえた声は、明らかにからかっていた。

「まさか」私は歯を食いしばって体勢を立て直したが、心臓の鼓動は完全に制御不能だった。

「ここに手を」彼は私の背後に立ち、私の手の上に自分の手を重ねた。胸が、背中に押し当てられる。彼の一つ一つの呼吸が感じられ、潮の香りと危険な匂いが混じった彼の香りがした。

「感じるか?」彼の声は低く、蠱惑的だった。「風の力、強いだろう」

震えを抑えようと必死に抵抗する。「近……すぎる」

「そうか?」彼は身を引くどころか、さらに体を密着させてきた。「これはほんの始まりだ」

くそっ、一体何のつもりなの?

「緊張してるな」彼は私の表情を観察し、その目に満足げな色を浮かべた。「リラックスしろ、俺を信じろ……」

「どうしてあなたを信じられるの?」私が彼の方を振り向くと、二人の距離が危険なほど近いことに気づく。「あなたはただ楽しんでるだけでしょ……この、支配感を」

彼は一瞬黙り、そして視線をさらに鋭くした。「支配感、か」

「とぼけないで」私の声は震えていた。でもそれは恐怖からじゃない。「あなたにとってこれはただのゲーム。どんな女でも思い通りにできるって証明するための……」

「どんな女を、どうするんだ?」彼は突然ぐっと顔を近づけ、その声に危険な響きを帯びさせた。「言ってみろ」

視線が絡み合い、二人の間の空気がバチバチと火花を散らす。

「どんな女でも……夢中にさせるってこと」私はほとんど囁くように言った。

彼の視線が深まる。「お前はどうだ? もう夢中になったか?」

突如、風が強まり、ヨットが激しく傾いた。私はバランスを崩し、海へと落ちそうになる.......

彼の腕が瞬時に私の腰に巻き付き、力強く引き戻された。体はぴったりと密着し、彼の顔がほんの数インチ先にある。

「大丈夫か?」彼の声は優しくなったが、その瞳はまだ、私には理解できない何かで燃えていた。

彼の瞳を覗き込むと、そこにあるものに衝撃を受けた。征服者の満足感ではなく……純粋な、心配?

いや、そんなはずはない。これも彼の策略の一つに違いない。

「わ、私は大丈夫」彼を押し返そうとしたが、彼はすぐには離してくれなかった。

「絵里……」彼の声がさらに柔らかくなる。「知っておいてほしいんだ……」

「何を?」心臓の鼓動がますます速くなる。

「これは、ゲームじゃない」彼の表情は恐ろしいほど真剣だった。「少なくとも、俺にとっては」

.......

太陽が沈みゆく中、私たちのヨットは他の船から遠く離れ、水面を漂っていた。オレンジがかった赤い空は息をのむほど美しかったが、私の意識は完全に隣にいる男に奪われていた。

「きれいな」私は緊張を和らげようと、そっと言った。

「ああ、信じられないくらいきれいだ」

顔を向けると、彼が夕日ではなく、私を見つめていることに気づいた。その強烈な視線に、呼吸さえ困難になる。

「悟……」私の声が震えた。

「知ってるか?」彼は身を寄せた。「お前を初めて見た瞬間から、俺は完全に破壊されるって分かってた」

「どういう意味?」心臓が激しく鳴り響く。

「お前は俺を……もっと良い男になりたいと思わせる」彼の声は柔らかかったが、その一言一言が私の心を打ちつけた。「お前が嫌悪するものを、すべて捨てさせたいと思わせる」

いや、いや、いや、そんなはずがない。

「あなたはただ私を征服したいだけ」私は必死に理性を保とうとした。「他の女たちを征服したように」

彼の瞳に痛みが走った。「もし、違うと言ったら? もし……お前だけが、俺を止めさせたいと思わせる唯一の存在だと言ったら?」

「信じない」私の声はひどく震えた。

「なら、証明させてくれ」彼はゆっくりと近づき、その手が優しく私の頬を撫でた。「お前が……俺にとって何を意味するのか、証明させてくれ」

彼の唇が私の唇に触れようとしたその時、私は今までにないパニックを感じた。

キスのせいじゃない。私が……彼を信じたいと思っていることに気づいてしまったからだ。

決定的な瞬間、私は顔を背けた。

「できない」声が震える。「早すぎる……」

彼は動きを止め、手はまだ私の頬のそばにあった。「俺の過去のせいか?」

彼の瞳に浮かぶ純粋な傷つきを見て、その痛みに窒息しそうになった。

「時間が必要なの」私はほとんど懇願するように言った。「これが……本物なのか、知りたい」

彼はゆっくりと身を引いたが、その視線は私のものに固定されたままだった。「証明してやる、絵里。どれだけ時間がかかっても」

なぜ彼はこんなことをするの? なぜ普通の遊び人のように、あっさりと諦めてくれないの?

「戻った方がいい」私は静かに言った。

彼は頷き、ヨットの向きを変え始めた。だが静寂の中、彼が囁くのが聞こえた。

「諦めない、私」

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