「届かない手」

朔はすでに眠気に沈みかけていた。目を閉じたまま呟く。「何か面白いことでもしたいのか?」

「おやすみなさい。」

男の薄い唇がかすかな笑みを刻んだ。「おやすみ。」

祈は目を閉じた。彼の呼吸が頭上でゆっくりと深く、遅くなっていく。

半分眠りに落ちかけた意識の中で、彼の声が聞こえた。低く、自分自身に言い聞かせるような響きだった。

「俺に婚約者はいない。」

この言葉を彼は一度や二度と口にしてきた。だが毎回、その重みは違う。

今回、祈は問い返さなかった。反論もしなかった。

ただ顔を彼の胸元にもう少しだけ近づけた。

今回、彼女は信じることを選んだ。

病棟の廊下は早朝六時、まだ静まり返って...

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